2014年 12月 31日
忘れられない文章
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夏の初め頃、職場でたまたま開いた毎日新聞に、松家仁之さんの「読書日記」が掲載されているのを見つけた。ときどき日曜の読書欄は見ることはあるけど、平日にこういった読書関連の記事が載っているなんて知らなかったなあ。このとき見つけなければたぶんその後も見つけられなかっただろう。

2009年に大学で教えはじめた松家さんは、文章技法の授業を受ける学生に読んでもらうエッセイの書き手を選ぶことにした。選定基準は「その人の人生観が色濃くにじむ文章であること。固有の文体があること。書き手の生涯を振りかえりうること、即ち物故者であること。そして何より自分がこれまで何度となく読み返した人であること」の4点。そうして選んだのが、向田邦子、伊丹十三、殿山泰司、色川武大、星野道夫、須賀敦子の6人だった。う、うらやましい。このときの日記には、学生たち全員と須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』を読んだ話が紹介されていた。とても素敵な文章で、一読して感銘を受けた。この一年で読むことができて一番うれしかった文章だったと思う。

これを読んで、須賀敦子を読みたくならないほうが難しく、やがて私も『ヴェネツィアの宿』(文春文庫)をゆるりと読みはじめたのだった。表題作より。
ここにある西洋の過去にもつながらず、故国の現在にも受け入れられていない自分は、いったい、どこを目指して歩けばよいのか。ふたつの国、ふたつの言葉の谷間にはさまってもがいていたあのころは、どこを向いても厚い壁ばかりのようで、ただ、からだをちぢこませて、時の過ぎるのを待つことしかできないでいた。(「ヴェネツィアの宿」、15頁)
「読書日記」には、主に最終章「オリエント・エクスプレス」のことが書かれていて、これを読んだ学生たちの反応はよく、「全身全霊で書かれた文章は、ほぼあやまたず読み手に届くと知った」と松家さんは書いていた。この一文はずっと心に留めておきたい。そうして私も途中の何編かをすっ飛ばして「オリエント・エクスプレス」を読んでみた。有名な結末部より、例えば次のような箇所が好き。
ローマから持ってきた本を読みあきると、ベッドのわきの本棚に、ひと通りはそろっていたイギリスの古典のページをめくったり、友人たちに手紙を書いたり、はては、散歩をしていてなんとなく目のまえで停まったバスに行き先もたしかめないで乗りこみ、人気のない広場がぽつんとあるだけの終点まで行ってみたり、そして、博物館やギャラリーに出かける日もあった。一年暮らすうちに知人が増えてしまったローマとはちがって、人間関係のほとんどないロンドンにいると、内面の自分がのびのびとしているようで、それが淋しいときもあったけれど、大体としてはしずかな、満ち足りた時間をすごしていた。たえず自分というものを、周囲にむかってはっきりと定義し、それを表現しつづけなければならない大陸と違って、暗黙の了解のなかで相手の領域を犯さない、他人を他人としてほうっておいてくれる英国人の生き方は気のやすまるものだった。(「オリエント・エクスプレス」、269頁)
秋口になり、『重力の虹』強化月間に突入すると、いったん須賀敦子から離れ、どっぷりとピンチョン節につかった。11月下旬、長い虹の旅が終わると、『ヴェネツィアの宿』には直行せず、積んだままになっていた『火山のふもとで』(新潮社)を繙いた。これがまた間然する所のない傑作でびっくりした。

読みはじめてからすでに数ヶ月が経っていた『ヴェネツィアの宿』にようやく戻り、残っていた「レーニ街の家」から「アスフォデロの野をわたって」までを読んだ。どれも粒ぞろい。その中で、心に一番ズキュンと響いたのはカティアの言葉。
ゆっくり本を読んだり、人生について真剣に考える時間がほしかったので、仕事をやめてフランスに来た、と彼女はひと息に話した。初対面とは思えない率直さだった。ここに来るために、戦後すぐに勤めはじめた、アーヘンの公立中学校の先生をやめてしまったという。しばらくパリに滞在して、宗教とか、哲学とか、自分がそんなことにどうかかわるべきかを知りたい。いまここでゆっくり考えておかないと、うっかり人生がすぎてしまうようでこわくなったのよ。(「カティアが歩いた道」、209頁)
たぶん、カティアのような人は、ヨーロッパではさほど珍しくないはず。イギリスにいたときに、まだ20代の自分たちにまじって40歳ぐらいの男性が同じ学科で学んでいて、よく一緒に酒を飲んだ。他にも家庭を持っていると思われるおばさんたちが何人かいた。そういうずっと年上の人たちの生き方や学び方を見て新鮮に感じたものだ。彼ら彼女らにも「うっかり人生がすぎてしまう」という感覚があったのかどうか。

松家さんの「読書日記」から須賀敦子『ヴェネツィアの宿』へ。ピンチョンを挟んで松家さんの小説、そして最後は『ヴェネツィアの宿』で締めくくった今年の読書。そのあいだ、職場ではあれやこれやで悶々としていたのを思い出す。ただ、これら数冊の本をゆっくりと読み継ぐことだけが少しだけ歩を前に進めていく助けとなっていた。
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by anglophile | 2014-12-31 23:05 | 読書 | Comments(0)


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