2012年 06月 23日
Howards End is on the Landing
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スーザン・ヒルHowards End is on the Landing: A Year of Reading from Home (Profile Books, 2009)を読んでいる。ヒルは小説家だが、この本は読書にまつわる随筆集で、書名を訳すならば、『本棚のハワーズ・エンド』といったところか。アマゾンUKをふらふらしているときに見つけたのだが、冒頭部を一読し、即注文した。こんな感じで始まる。
   It began like this. I went to the shelves on the landing to look for a book I knew was there. It was not. But plenty of others were and among them I noticed at least a dozen I realised I had never read.
   I pursued the elusive book through several rooms and did not find it in any of them, but each time I did find at least a dozen, perhaps two dozen, perhaps two hundred, that I had never read.
   And then I picked out a book I had read but had forgotten I owned. And another and another. After that came the books I had read, knew I owned and realised that I wanted to read again.
   I found the book I was looking for in the end, but by then it had become far more than a book. It marked the start of a journey through my own library. (p. 1)

 まずは、そもそものきっかけについて記しておく。ある時、自宅の階段の踊り場に置いてある本棚に本を取り行った。探している本がそこにあるのはわかっていた。ところが、いざ探してみると、それが見当たらない。かわりに、他の本が山のように積まれており、しかもまだ読んでいないものがその中に少なくとも十数冊はあることに気づいた。
 肝心の本はどこへ行ったのだろうと、他の部屋をあちこち探してみたが、どこにも見当たらない。一方、それぞれの部屋からは、まだ読んでいない本が少なくとも十冊、いや二十冊、いやもしかたしたら二百冊は見つかった。
 そこでそのうちの一冊を手に取ってみた。それは読んだはずだが、家にあることは忘れていた本だった。他の本はどうか、一冊、また一冊と手に取ってみた。やっと読んだことがあり、家にあることは知っていて、しかも再読したいと思っていた本が出てきた。
 結局最初に探していた本は見つかったのだが、その時点でこの一連の本探しのことはもうどうでもよくなっており、反対に、自分の蔵書の森を探求してみたいという気持に火がついたのだった。
副題(A Year of Reading from Home)にあるように、ヒルはこの日から原則として1年間は新刊を買うのを控え、自分の蔵書中の未読本や再読してみたい本だけを読むことにしたのだという。ちなみに、古本スイッチとかが「入」になったままの私には、そんな生活は今は無理である。

さて、まだ3分の1ほどしか読んでいないが、初めの方は、少女時代から学生時代に読んだ本や作家について語られる。その中からおもしろかったエピソードを1つ紹介しておこう。1960年頃、ヒルはキングス・カレッジ・ロンドンに通う学生だった。もともと本が好きだった彼女は、あるときロンドン図書館(The London Library)に出入りする機会を得、ここで多くのことを学んだと書いている。このロンドン図書館は19世紀中葉にあのカーライルによって設立された会員制の私立図書館で、誰でも簡単に入ることができる場所ではないらしい。会員名簿には、錚々たる作家たちがその名を連ねており、ヒルが通っていた頃も、図書館内で有名な作家を見かけることは珍しくなかった。そんなある日、ある大作家と遭遇する。そのときの様子がおかしくもあり、感動的でもある。
  Not, though, as conscious as I was of the small man with thinning hair and a melancholy moustache who dropped a book on my foot in the Elizabethan Poetry section... There was a small flurry of exclamations and apology and demur as I bent down, painful foot notwithstanding, picked up the book and handed it back to the elderly gentleman --- and found myself looking into the watery eyes of E. M. Forster. How to explain the impact of that moment? How to stand and smile and say nothing, when through my head ran the opening lines of Howards End, 'One may as well begin with Helen's letters', alongside vivid images from the Marabar Caves of A Passage to India? How to take in that here, in a small space among old volumes and a moment when time stood still, was a man who had been an intimate friend of Virginia Woolf? He wore a tweed jacket. He wore, I think, spectacles that had slipped down his nose. He seemed slightly stooping and wholly unmemorable and I have remembered everything about him for nearly fifty years.
  I went back to the hostel and took out Where Angels Fear to Tread, read some pages, read the author biography, and had that sense of unreality that comes only a few times in one's life. The wonder of the encounter has never faded. (p. 19)

 しかし、あのときほどドキッとしたことはなかった。髪が薄くなり、物憂げな口ひげをたくわえたあの小柄な紳士が目の前に現れた時ほどには。その人は、エリザベス朝時代の詩集が置かれているコーナーで、私の足の上に本を落としたのだ。「痛っ!」と声をあげたので、その人は謝られたが、私は「いえ大丈夫ですから」とその場を取りつくろった。足は痛かったけれども、私は落ちた本を拾い上げて、その老紳士に手渡した。そして、その潤んだ瞳をじっと見つめたとき、この人がE.M.フォースターであることに気づいたのだった。そのときの衝撃をどう表現すればいいだろう。何も言わずに立ったまま、ただ微笑んでいるしかなかった。その間、私の頭の中では「まずはヘレンから届いた手紙から始めることにしよう」で始まる『ハワーズ・エンド』の冒頭部が流れていた。同様に、『インドへの道』に出てくるマラバー洞窟の鮮明な様子も思い起こされた。古い本が並ぶあんな狭い場所で、時間が止まったまま、私の目の前にはヴァージニア・ウルフの親友だった人が立っている。そんな状況をどう冷静に受け止めることができるだろうか。フォースターはツイードの上着を着ていた。たしか鼻から落ちそうな眼鏡をかけていたはずだ。少しだけ腰が曲がっていて、さほどあかぬけた様子はなかった。しかし、私は彼のそんな姿を以後50年間近く忘れたことがない。
 宿舎に戻ってから、『天使も踏むを恐れるところ』を取り出し、数ページ読んでみた。著者紹介も読んだ。そして、一生のうちに数回しか訪れないあの非現実感を味わったのだった。あのとき偉大な作家と遭遇した記憶は今なお色褪せない。
フォースターは1879年生まれだから、このとき80歳を超えたぐらいだったろうか。というか、この部分を読んだとき、フォースターが1960年頃にまだ生きていたという事実に私は驚いてしまった。こういう逸話はいくら読んでも飽きない。

全体は数ページの短章から構成されているので読みやすい。どれも非常に面白く、毎日数篇ずつ、うんうんとうなずきながら読み継いでいる。「古本」のことはあまり書かれていないが、こちらの興味関心は刺激してくれる。知らない作家のこともたくさん出てきて、読書の幅を広げるにはもってこいである。
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by anglophile | 2012-06-23 23:03 | 読書 | Comments(0)


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