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古本万歩計 Of what is lost, all I wish to recover is the daily availability of my writing, lines capable of grasping me by the hair and lifting me up when I'm at the end of my strength. - Roberto Bolano

富来へ

先週の木曜日、羽咋まで行く用事があった。年に一度めぐってくる出張。で、仕事の方は午後の早い時間に終了してしまったので、いい機会だからと、そのまま富来まで足を伸ばしてみることにした。数年前にできた「作次郎ふるさと記念館」を訪れたいとずっと思っていたが、その機会がなかなかなかったのだ。今行っておかないと今度はいつ行けるかわからない。記念館の方も平日なら閉館しているということはないだろう。富来は羽咋から30キロちょっとのところにある。天気もいいし、通い慣れた海岸沿いの道を久しぶりにドライブしてみたくなった。

羽咋を出発し、国道249号線をまず高浜まで行き、そこから富来の福浦港方面へと左へ折れる。あとはずっと海岸沿いを進んでいく。途中に志賀原発があって、何やら工事をしていたようだ。左に美しいピクチャレスクな海岸線、右に角張った発電所の建造物。キヨシローの歌、そのまんまだった。原発を過ぎてしばらく行くと、風力発電かなにかの巨大な白い風車が群になって何基も突き出ていた。あんなにあったっけか?

複雑な気持になったが、そんな気持も機具岩を見たら、懐かしくなってどこかへ消えてしまった。やがて生神トンネルを抜けると旧富来町(現在は志賀町と合併)の中心部が見えてくる。世界一長いベンチはまだ世界一の長さを誇っているのだろうか。魚のいない水族館はどうか。和食レストランの「はまなす」は昔のままだったが、その向かいにあるよく食事をした「いさりび菊や」の方は建物が新しくなってアップグレードしているようだった。お世話になった女主人はお元気だろうか。

そのまま道を進んでいくと、目的地である「作次郎ふるさと記念館」が入っている旧富来町役場(現在は志賀町役場富来支所)が見えてくる。役場の建物は昔と変わっていない。その向かい側にあるスーパーマーケットのアスクも健在だった。駐車場に車を止めて、中に入っていくと、男性職員2人が玄関ロビーで何やら作業をされていた。窓口に行って、記念館を見学したい旨を伝えると、職員の方が図書館の方に連絡を取ってくれた。記念館の管理は図書館が行っているのだという。しばらくして図書館員の女性が現れ、記念館のある建物2階へと案内してくれた。記念館となっている部屋の入口のドアのカギを開けて、中へ通される。実は、この部屋はまだ合併前の富来町役場だった頃は、富来町長の町長室だった部屋。私も何度か用事があって中に入ったことがあった。その図書館員の方に、10年ほど前まで富来で働いていたことなど、いろいろと話してみたら、「ああ、そうだったんですかあ。ようこそおいでくださいました。合併した後、この町長室を有効利用しようということになって、作次郎の記念館にすることになったんですよ」と教えられた。

部屋の中はこじんまりとしていたが、作次郎ゆかりの品々がガラスケースに入れられて数多く展示されていた。金沢の近代文学館にも作次郎関係の資料はあったかと思うが、こちらの方が数は多い。なかなか見ることができない作次郎の初版本(状態がいいものばかりではないが)もほとんど揃っているようで、これらを拝めるだけでも、来た甲斐があったというものだ。驚いたのは、小開弘美さんという方が収集された作次郎作品の複写資料をもとに富来町が作成した『加能作次郎作品集(全18巻)』である。これ、そのまま『加能作次郎全集』に近いものになるのではないだろうか。いやあ、いいものが見られてしあわせな気分。

あと、先日金沢の書店で『加能作次郎集』を定価で入手したことをその方にお伝えすると、驚いておられた。帯付きだったことを申し添えると、さらに驚かれていた。どうやら、すべてに帯を付けたわけではなかったらしく、帯付きは「すごく貴重」ということだった。その方によると、詩人の荒川洋治氏があるラジオ番組でこの本のことを宣伝したら、それからまもなくの間に注文が殺到し、あっというまに在庫がなくなったらしい。そのときは、石川県内の書店に出していた在庫分を回収してまで注文に応じたということだった。ということは、うつのみや書店小立野店で私が運よく入手できた一冊はどうやらその回収を免れていたことになる。このことにその方も驚いておられたし、私も驚いたのだった。もうひとつこのことに関連しておもしろかったのは、荒川氏にこの『加能作次郎集』をお送りしたところ、帯が付いてないことが気に入らなかったらしく、送り返されてきたとか。ああ、その気持、わかります。帯がないと落ち着きませんから。ちなみに、記念館に展示されていたものにも帯は付いていなかった!

品のない幸福感にほわほわしてきたところで、昨年作られたらしい作次郎の図録を一部購入したい旨をお伝えすると、そのまま図書館の方まで案内された。代金を支払い、お礼を述べてから、役場をあとにしたのだった。記念館の休館日は月曜日なので、土日でも見学できるということだった。

さて、帰ってきてから、購入した図録『美しき作家 加能作次郎』に見入った。多くの関係者や研究者の協力によって出来上がったもののようで、なかなかの労作であることはまちがいない。定価二千円は安いくらいだ。

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年譜や書誌情報が充実しているだけでなく、「作次郎著作集」のページでは、翻訳を含む著作一冊一冊の書影が、表紙、背、裏表紙、中表紙、奥付、扉、目次、本文などにわけて何枚ものカラー写真で紹介されている。函のあるものは、もちろんその表、背、裏も載っている。眼福。こういう古い本の写真を眺めているだけでうっとりとなる。古本者にはたまらない一冊である。

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こちらは、あわせていただいた「ふるさとの風土と人々を愛しつづけた作家 加能作次郎」という小冊子。来館者に配布されているものらしい。作次郎を紹介する内容となっており、町の情報誌に数回に分けて連載されたものをまとめたものということだ。執筆されたのは、加能作次郎の会会長の大野堯先生。大野先生には、そのむかし大変お世話になりました。ありがたく読ませていただきました。

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実は、てっきり見たことがあると思っていた作次郎の文学碑をまだ見ていないことにあとで気づいた。別の碑と混同していたと思うのだが、ではその別の碑はいったい誰のものだったのか。次に富来を訪れるときは、必ず「対岸の中程」に足を運んでみようと思う。
by anglophile | 2012-06-03 23:09 | 古本 | Comments(0)