2012年 02月 21日
『アメリカ文学史』備忘録①
2、3日のうちに図書館に返却しなければならないので、付箋を貼った箇所を書き留める。




<クーパーの『開拓者たち』>
困難な問題に「疑似解決」をあたえることは、小説にとって欺瞞ではなく、むしろひとつの栄誉である。なぜなら、小説の責任は本来、問題を解決することはなく、問題を困難なままに体現する、矛盾をはらんだ人物像を、そのまま提示することであるからだ。矛盾を生きる主人公の姿こそは、いつの時代も人を小説に惹きつける。ナッティ・バンポーの登場が、アメリカの矛盾を正当化し、隠蔽する「神話」から、その矛盾を生きる「小説」への変化を、アメリカ文化にもたらした、と言っても過言ではないだろう。(43頁)

<アメリカに見られる「オリエンタリズム」>
オリエンタリズムの心理とは、異文化に対して正確な理解を求めるのではなく、むしろ逆に、一見親しみをこめ、肯定的に見えるけれども、じつは自分たちにとって好都合であるような類型的なイメージを相手に押しつけ、それをもって相手を高く評価したと考えて自己満足する、そういう性質の心理作用である。一言で言えば、それは「安易な他者化」であり、さしずめ一方的で不平等な友好条約のような、文化的支配の最終局面を表象する情緒である。(46頁)

<移民社会>
 異人種の他者との共存は、アメリカのみならず、近代社会一般につきものの課題である。それは言うまでもなく、「異文化理解」といった近年の標語が含意するような、相互理解=安心の達成をもたらすとはかぎらない。なにしろ(定義上)世界観が異なり、天国さえ異なる他者同士なのだから、へだたりがなかなか埋まらない、それでも当面、なにごとかをともに成し遂げねばならない、といった事態は、現実に頻繁に想定されうる。移民社会としてのアメリカは、そうした想定のもとで社会をいとなんでこざるをえなかった。(50頁)

<『コケット』の奇蹟>
(フォスターの)『コケット』(一七九七)もまた、最終的には「勧善懲悪」の物語なのだ。不倫や結婚の失敗、といった女性たちの独立心の結果を、アメリカ小説が肯定的に受け入れるようになるには、(ホーソーンの『緋文字』の微妙な中間形態を経て)ジェイムズの『ある婦人の肖像』(一八八一)まで待たねばならなかった。
 それでもこの作品は、小説と近代的自我の関係をめぐって、一定の示唆をあたえてくれる。(『コケット』の主人公)エライザが自分自身の失敗について、「これは私が自分でえらんだ道だから、後悔はしないわ」とでも言えば、ただちに彼女は、一〇〇年後のジェイムズの小説に参加資格を得ることができたはずだ。これだけの一言を人物が言うのに、なぜ一〇〇年もかかったのか。もちろん、その発言には「自分がえらんだ道に、神の教えは関係しない」、あるいは「自分がえらんだのなら、たまたま神にそむいてもしかたがない」といった世俗主義がふくまれていて、その世俗主義を、人びとが受け入れることができなかったからである。フランクリンの理神論が役に立たず、セルフ・コントロールも、もっぱら宗教的な目的のために説かれていた実情を、この一〇〇年の遅滞はものがたる。(62頁)

<ソローの系譜>
ヒッピーやネイチャー・ライティングの諸作品が喚起するものは、ソローがえらんだエッセイ・観察記・日記などのノンフィクションのスタイルが、個人主義や自然の思想と平行して、あるいはそれ以上に強力に、アメリカ文学の伝統を形成してきた事情である。早い話、ソローがいなければ、現代のブローティガンやブコウスキーのスタイルは、違ったものになっていたかもしれない。ソローのノンフィクションは、日記にも似た孤独な書き物であり、社会からすすんでドロップアウトして暮らす文学者にとって、なじみやすいスタイルである。社会からドロップアウトすることが、そのまま社会の伝統になる--こうした不思議な事態がしばしば目撃されることも、アメリカ文学の興味ぶかい一面である。(95頁)

<エドガー・ポーの韻律>
これほどまでに、[ポー]が詩の音の側面に注意をはらった理由は、言語を、意思伝達や現実模写のための従属的な道具としてではなく、それ自身固有の存在として、絵画における絵の具にも匹敵する「芸術的題材」として見なそうとしたことだ、と考えられる。固有の存在としての言語は、言うまでもなく、音と意味(観念)から成り立っているから、言語の芸術作品が純粋にそれ自身として成り立つためには、まず言語の音に、日常言語では思いもよらないほどの注意をはらうことが必然である。ここから、言葉の音に対するポーの異様な関心が生じた。(103頁)

<『緋文字』①>
『緋文字』を現代人が予備知識なしに読むと、物語の展開は短調でくどく、会話は古い芝居のように不自然で、神がかった偶然や不思議な事件が続発するので、古めかしく、読みづらく感じるに違いない。それでも、近代小説--ノヴェルであれ、ロマンスであれ--のもっとも重要な特質である、人物の自由とそれゆえの苦悩を、この作品にみなぎらせるべく奮闘する作者の姿に、打たれない読者はいないだろう。(130-1頁)

<『緋文字』②>
 古文書の発見は一回かぎりの、それこそ奇蹟的な工夫だったが、そこにはもうひとつ、ホーソーンが『緋文字』の以前も以後も愛用しつづけた工夫がかかわっている。それは象徴の使用である。アレゴリーに隣接しながら古来もちいられてきた「象徴」の方法に、ホーソーンは人物の心理や性格など、内面的なものを外化(可視化)させる機能をもになわせながら活用した。
 この作品に象徴として読みとられるべき事物があふれていることは、つとにジェイムズが指摘していたとおりである。監獄の門に咲く薔薇(=罪と人間性)、森の中の小川(=罪の場の境界線)、あるいは「暗い谷間」を意味するディムズデールの名前、そうした小道具的事物にかぎらず、上に述べたパールの発言や天候の変化などもふくめ、この作品の多くの細部が、それ自体が本来もつ以上の意味、すなわち象徴的意味(第四章6節で述べたように、その意味はかならずしも分明であるとはかぎらない)を担っている。(135頁)

<19世紀中期の状況>
 この時代アメリカは、一八三〇年代のいわゆる「ジャクソニアン・デモクラシー」の時代をむかえ、民主主義が政治制度であることを超えて、思想・文化の基盤として、キリスト教にならぶ、あるいはそれに優先さえする重要性を獲得しはじめていた。そこでは民主主義や個人主義の意義と問題点を検討する作業が、暗黙のうちに、作家たちの大きな課題となっていた。具体的には、産業化が急速に進展し、民主主義の物質的基盤を(そのマイナス面もふくめて)拡大することによって、近代社会のイメージがにわかに具体的に、かれらの目にうつるようになっていた。と同時に、その拡大の一貫として、かれらの文筆活動と出版を保証する、文化的諸条件も、この時代にしだいにととのえられていった(第九章2節を参照)。さらに加えて、科学の発展と宗教の伝統、そして擬似科学としてのスピリチュアリズムが、いわば三つどもえの愛憎関係を繰り広げることによって、かれらの検討課題を倍加した。これらの条件がすべて同時に出そろった国は、世界史的に見ても、一九世紀中ごろのアメリカにただ一回あるかぎりである。(147頁)

<『白鯨』①>
...エイハブの心境を分析してみると、まずかれは、自分の片足を奪ったモウビ・ディックをゆるすことができない、という尊大な自尊心をもっている。(中略)ところがかれは、いっぽうにおいて、モウビ・ディックは、ひょっとすると尊大な自分に対する神の処罰のような、人知のうかがい知れない意味をふくんでいるかもしれない、とも考えている。ただしその可能性は、いつまでも確証にいたらず、モウビ・ディックは曖昧の海をただよっている。そこでかれは、自分の自尊心からする復讐心と、その曖昧な意味の有無をたしかめたいという、いっそう強い動機から、モウビ・ディックを追いかけまわすことになる。
 そのあげく、もしかれがモウビ・ディックを倒すことができれば、かれの復讐心は満足されるが、同時にモウビ・ディックはただの鯨であって、背後の意味はとくに存在しない、ということがあきらかにされ(なぜなら神意は倒れるはずがないから)、勝利の代償として、かれは「意味のない鯨の追跡に生涯をついやした」無力感を味わわねばならない。反対に、もしかれがふたたびモウビ・ディックに敗れるなら、かれの敗北は、尊大な自我に対する神の処罰--ホーソーン的な罪の報い--をあらわしている、と考えられ、かれは殺されるだろうが、神の存在の確認と、神に立ちむかったみずからの英雄的な、あるいは悪魔的な勇気を、慰めとすることができる。(155-6頁)

<『白鯨』②>
 ここで同時に考えねばならないことは、「小説の面白さとはなにか」という素朴な疑問である。たとえば『白鯨』はたしかに最高傑作だが、『ピエール』は単調で寓意性が強すぎる、といった一般的な評価を、本章の議論は受け継いでいる。だが、メルヴィルが単調さや寓意性といった世俗の評価基準--あるいはそもそも、「小説の面白さ」といった評価基準--など、問題にしてはいなかっただろうことは容易に想像がつく。「そんなものよりも、この懐疑をなぜ理解しようとしないのか」とかれなら当然言うだろう。あるいは黙って軽蔑の背中をむけるだろう。
  だが本書としては、どのように背中をむけられようと、そこまでが、小説--ノヴェルであれロマンスであれ--を読むことの限界だと考えている。小説は思想そのものではない。それどころか、物語の面白さ、わかりやすさ、個性的な人物像、それらの世俗的な近づきやすさを、小説はなにより欲している。だからこそ、キリスト教(への懐疑)などに直接には関心のない読者でも、メルヴィルの作品に近づく楽しみをもち、その楽しみのさなか、キリスト教に対する懐疑にさえ、感情移入することができるのである。そうした粗野で無教養なひろがりの中に、人が生きることの共感がある、と考えるのが小説である。(161-2頁)

<小説は芸術か?>
 ところで、近代小説は本当に芸術なのだろうか。「芸術としての小説」の主張は、現代にいたるまで完全に否定されてはいない。旧来の宗教道徳をこばみ、道徳を個性化すると言っても、(「人はそれぞれである」といった原点をたしかめる以外に)それがなんの役に立つのか、世界の不幸や生活の不振をどれだけ解消しうるのか、と開き直った疑問を突きつけられると、小説はけっきょくのところ(娯楽の地位に甘んじて戻るのでないとすれば)、「芸術」という免罪符に逃げ込まざるをえないようにも思われる。近代社会の大衆のために誕生したにもかかわらず、「真実」を優先し、大衆が望むような、読みやすさや筋だての面白さをつねに供給するわけでもない近代小説は、最終的に「芸術」として以外に、その存在理由がうまく説明できそうにない。もちろん「芸術」の内容は国や時代によって、また個々の作家によって異なるが、「そう呼ぶ以外に最終的に正当化できない書き物」という共通点は、現代にいたるまで共有されているのではないだろうか。(220頁)

<ジェイムズの「視点人物」>
 ジェイムズが視点人物の利用に傾いた理由はなにか。まず、「人は現実のすべてを冷静に、客観的に観察することはできない」という意見にジェイムズは傾いていた。現実とは、人にすべてとらえられるものではなく、謎や誤解がつきものである。そのような限界の中でしか、人は現実を見ることができない。逆に言えば、謎や誤解をふくめて、人に見えたままの可謬的な現実を現実と呼ぶほか、人には現実を認識する術がなく、それを超越した、過不足のない、客観的な認識などというものは、伝統的な小説の仮構でしかありえず、実際には不可能である。したがって、現実が現実らしく了解されるためには、だれにとってそう見えた現実であるのかを、つねに自覚しながらそれを提示すべきである。・・・・このような見解にジェイムズは近づいていた。(中略)
 こうした見地から、伝統的な作者の客観的な語り、いわゆる全知の語りを捨てさって、ジェイムズは作者の立場を変更する--厳密に言えば、作者の立場を自主規制して限界づける。かれはいわば作品の中に人間的な鏡を立て、その鏡にうつるかぎりでの限られた現実を描き、その鏡にうつらなければ、たとえ主人公であっても描かない--そのような鏡こそ、視点人物の意識にほかならない。「デイジー・ミラー」では、ウィンターボーンとの関係を通じて、またかれと関係するかぎりにおいてのみ、デイジーは描かれる。デイジーが心の中でなにを考えているのか、正確なことはウィンターボーンにはわからない、したがって読者にもわからない。このように「わからない」ということそれ自体が、いまやジェイムズにとって、現実の現実らしさの証拠だと了解されている。(263-4頁)

<ジェイムズの文体>
 挿入節、言い換え、間接話法が入り乱れる難解な文体が、こうしてできあがっていく。ジェイムズは、アメリカでは最高度に難解な作家であるという定評を受けており、ここではその原因を、物語を構成する作者と、それにはあずかり知らない視点人物との二重性、物語の進行と視点人物の心理の二重性、そして視点人物自身の自意識的な性格による心理それ自体の二重化、そうした多種類の二重性が、たえず記述に入り込んでくる事情に求めてみた。ある研究者(Ian Watt)が指摘したように、ジェイムズの文章に否定形が多用される理由も、否定形や肯定・断定形にくらべて「心理的・主観的」な叙述であるからだと考えられる。(269頁)

<クレイン>
かれの代表作『赤い武勲章』(一八九五)は、南北戦争を題材にして、戦争小説などで安易に賞賛される勇気や武勲の物語など、現実の戦争ではほとんど起こりえない、というあたりまえのことを主張した作品で、従来過大評価されてきた。クレインの冷笑的姿勢は一貫し、かれがこの作品の主人公たちを名前で呼ばず、「若者」などの普通名詞をあてたのは、かれらが名もない卑小な存在であることを強調するためだった、と説明されている。ただ、名前で呼ばないほど作者によって卑小化・平凡化された少年の話を、読者がどうして読みたがると考えたのか、理解することはむずかしい。(287頁)

<アンダソンの「連作短編集」>
...「架空の田舎町を舞台とする連作短編集」という『ワインズバーグ・オハイオ』の構成は、アンダソンのきわめて機敏な工夫だった。なぜならこの構成は、個々の短編で卑小で孤独な個人をあつかいながら、それらの短編のあちらこちらで、背景として描かれる共通の舞台が、全体として、かれらに孤独をもたらした社会の変化を映し出すことを可能にするからである。しかも欲ばりなことに、この作品にはジョージ・ウィラードという、複数の短編に繰り返しあらわれる少年主人公がいて、狂言まわしとして人物たちの物語を引き出したり、みずから主人公になって恋愛になやんだりしながら成長し、結末では町を出て都会へむかう。「連作短編集」という構成は、空間的にひろがって点在する複数の人びとを描くばかりではなく、特定の人物を時間的なひろがりの中で、とびとびに描き出す意図にもふさわしいことを、アンダソンはここで実証した。それは数年前に出版されていたジェイムズ・ジョイスの『ダブリンの市民たち』(一九一四)の構成の、アメリカの田舎町への果敢な応用だったと評することができる。(318頁)

<イマジズム>
エリオットが到達したようなイマジズムの可能性--主観の流出を新鮮な比喩の次元にとどめながら、現実に秩序や意味(あるいは無意味)をあたえる可能性の回復に、多くの詩人たちは集中していった。そのようにして徐々に形成されたのがモダニズムの詩学である。したがってそれは、表現主義=主観主義にときには接近しながら、他方では客観的な現実や社会生活との関係の回復をこころざす、二重の意図によって特徴づけられ、その二重性は、繰り返せば、芸術至上主義に根ざす詩人の孤立や社会批判、前衛的実験の精神と、他方そうでありながら新しい現実や人びとの生活との関係の回復を求める、積極的な社会的態度の二重性にもともと由来している。このような、矛盾を内包するかのような二重の意図や理念のうち、どちらをどの程度優先するかは、個々の作家によっても時代や国によっても異なるため、おのずから多様な作品を生じさせた。ただどちらにしても、こうした二重の意図を実現することが、なまやさしい課題でなかったことは想像にかたくない。作家たちは、いわば命がけで、それぞれの切り口でこの課題に取り組まねばならなかった。結果としてかれらは、アメリカン・ルネッサンスの時代に肩をならべる文学的隆盛の時代をかたちづくることになった。(347頁)

<「時間」の主題>
 時間の独裁について、もっと一般的な事情を考慮するなら、人びとが時間の制限や約束にしばられる多忙な生活が、世紀転換期には一般化した--ひとつの目安として、安価な懐中時計が流通したのが一八九〇年代、腕時計がそれに変わったのが第一次大戦中だったとされる。人びとは、自分とはかかわりなく、自分をかえりみることもなく、社会全体が時間とともに刻々と変化していくイメージ、いわゆる社会的な「疎外」のイメージを、時間に事よせていだきやすくなっていた。もともと、フランクリンの「時は金なり」の教えが示すように、時間の観念の肥大化・重大化は、資本主義の発展にとって不可避である(資本は、時間がたてば利息をとるし、資本主義下の競争とは、たいてい速度の競争である。資本主義は時間の経過をおのれの体制の中に組み込んだ体制にほかならない)。そうした事情だけでも、時間が二〇世紀初頭の人びと(や芸術家たち)に、深い影響をあたえたことは想像にかたくない。(363頁)

<スタイン>
もうひとつの代表作である『アメリカ人の形成』(The Making of Americans 一九二五)は、出版が遅れたが、『三人の女』とほぼおなじ時期から書かれていた。『三人の女』に見いだされる人の性格分類を、一挙に体系化することによって、アメリカ人の性格類型を解きあかす、という壮大な(無理な?)意図のもとに、この作品は、ある一家の家系や縁戚関係を表むきたどりながら、実際には抽象的な性格分類学の原理、その修正や再定義を、えんえん約千ページにわたって繰り返す奇書である。(372頁)

<ヘミングウェイの文体①>
 一例を見ておくなら、「白い象のような山並み」("Hills Like White Elephant" 一九二七)は、スペインの鉄道駅の待合室で話しあう男女をあつかった短編だが、作品の冒頭で、汽車があと四〇分で駅に来ることが告げられ、結末ではあと五分で来ることが告げられて、全体の物語が三五分を要していることが明示される。途中わずかな動作の省略はふくまれるが、主人公の男女の会話は、すべて記録されているので、小説の進行と物語(=会話)の進行は、だいたい一対一に対応する。その結果、まるで二人の会話を盗み聞きするかのような臨場感、叙述の進行が物語の進行に対応することによって得られる、映画シナリオのような時間の持続感が、読者に印象づけられる。これがヘミングウェイの文体の大きな個性である。(374頁)

<ヘミングウェイの文体②>
 ヘミングウェイの文体は、かれの主題に密接にかかわって説得力を強めたばかりでなく、まったく新しい短編小説のスタイルを可能にして、一躍かれを現代短編小説の先導者の立場に押しあげた。すなわち、説明や描写を排除したままの、ごく短い短編小説によって--平たく言えば、物語やエピソードのいわゆる「起承転結」のうち、「承」だけ、あるいは「転」だけを描き、残りを読者の想像あるいは余韻にゆだねることによって--かれは人物の人生の一断片をそのまま(映画カメラなどで)切りとったような、切り口あざやかな現実感をあたえた。「起承転結」をすべて描こうとすると、多かれ少なかれ要約的な説明(=「テリング」)が必要となるか、あるいは作者が場面を切り貼りする「編集作業」が必要となり、どちらにしても時間の流れに対応する叙述は実現しない。
 説明の「テリング」や作者による「編集作業」は、従来の短編小説において、言うまでもなく排除されるべきものではなかった。ポーからジェイムズを経てアンダソンまで、短編小説を得意とした作家は少なくないが、かれらは総じて、物語を要約・短縮するために、さまざまな「テリング」の技術をもちいた(それでもたいてい、ヘミングウェイの短編小説の何倍もの長さになった)。ちなみに世紀転換期には、短編の名手と評されるO・ヘンリーが登場して、短さだけはのちのヘミングウェイに匹敵したが、かれの作品も「テリング」の産物であり、しかも短編小説ではなく、「ショート・ショート」--「どんでん返し」などの話の展開に、人物たちを強引に従属させる娯楽読み物--である。ヘミングウェイ流の断片的な短編小説の先祖を強いて探すとすれば、ヘミングウェイ以上に人物たちに対してクールだった、ジャック・ロンドンの北カナダもの短編のいくつか、ということになるだろう。(375-6頁)

<フォークナー①>
 もともと、フォークナーの短編集と長編小説の区別は、ほかの作家の場合ほど平明なものではない。なぜなら、かれはヨクナパトーファという同一の舞台を終生愛用しつづけ、そこでは同一の人物や家族が、別の作品に繰り返し登場することもめずらしくないから、短編小説や短編集や長編小説が、全体として「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれる一大(歴史)小説であり、個々の長編や短編は、その全体小説の一断片をなす、と了解することもできるからである。そのような意味で、フォークナー作品はつねに、作品の内部においても外部においても、コラージュの手法によってつらぬかれた、重層的、断片集合的な構成をとっている。これほどまでにコラージュの手法を大胆に活用した作家は、南部どころか世界中にもいなかった。(392頁)

<フォークナー②>
フォークナーは、みずからの創作活動の基本戦略を説明して、「現実をアポクリファルなものへ昇華する」と述べている。「アポクリファルなもの」とは、『聖書』の正典外に置かれた「外伝」の物語である。『聖書』に匹敵すべき壮大な物語を創造せんとする自負をにじませると同時に、やはり現実そのものを「昇華」=神話的な方向へ遊離した、自由度の高い作品世界を構想していることがうかがわれる。のちに述べるように(第二一章)、かれはノヴェル的な傾向で知られる南部文学の頂点のような存在であるのだが、同時に、アメリカ文学の伝統に深く根ざし、ホーソーンと同様に「人間の魂の真実」を追求した。その追求の姿勢は、先に引用した、過去への覚醒によって苦悩するクエンティンの場面だけからでも、うかがい知ることができるだろう。こうした場面がけっきょくのところ、二〇世紀になってもなお、ノヴェル的な意匠をまとった微妙なロマンスが、存続する根拠と価値を、読者に納得させるのではないだろうか。いずれにしても、ヘミングウェイとフォークナーは、同時代人としてともにモダニズムの影響を受けながら、いっぽうは「正確さ」を求めて文体を彫琢し、『日はまた昇る』のような代表的ノヴェルを書き、さらにノンフィクションをもくわだて、他方はロマンス的小説の復権をはたした。かれら二人の距離の大きさを味わうことが、アメリカ文学ファンのひとつの幸福であることはまちがいない。(408頁)

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by anglophile | 2012-02-21 21:42 | 読書 | Comments(0)


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