2011年 04月 27日
存在が面白い本
再びクラフト・エヴィング商會『おかしな本棚』より。
『フィネガン徹夜祭』は、十代の終わりに読んで(あまりに難解ゆえ読んだといえるかどうか)、このような本が世に存在すること自体に驚いた。存在が面白かった。存在が面白い本は、すぐに消えてなくなるから確保しておく必要がある。読むに越したことはないけれど、目をこらして読まなくてもいい。そこに存在していることが大事であって、だから、たまに確認して「おお、いるねぇ」と声をかけるだけでいい。(52頁)
私にとっての不動の「存在が面白い本」は、William Gaddis の The Recognitions である。16年前に留学先のイギリスを離れる間際に買った一冊、というか一品。これを買って帰らないと、二度と手に入れる機会がないのではとおもった結果の衝動買いであった。

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イギリスにいた当時、この956ページの大著は大体どこの本屋の棚にもあったようにおもう。その分厚さから漂ってくる雰囲気は異様なものだった。無視しようとおもっても、作家別に並んでいる本棚のGのところに来ると勝手に目に飛び込んでくる。次第に意識せざるを得なかったが、それでもまったくこの作家については知らなかったので、手を出すまでにはいたらなかった。ところが、あるとき大学のゼミで、そのとき教えてもらっていたイギリス人の先生の口からこの本の名前が飛び出したのだった。

THE great 20th century novel!

と、言ったのを聞き逃さなかった。やはりなんだかすごい本であることはわかった。かといって、すぐに買って読めるような本でもなく、結局帰国間際に買うことになった。

現在、家の本棚の中にあっても、その存在感は抜群である。文字通り「不動」であって、ほとんど触れられることはない。でーん、と本棚の中央に据えてある。威圧感があるので、気軽に「おお、いるねぇ」とは声をかけられない。もう16年も一つ屋根の下にいるのに他人のようでもある。

あのとき、日本に向かう飛行機の中で読み始めてはみたが、まったく物語の流れが見えず、7ページで挫折した。日本に戻ってからも、何回か挑戦してみたが、7ページを超えることはなかった。つるつるのすべり台を登ろうとしているかのようだ。まったく手がかりなし。結局、なにか強力な理由がないと、とてもじゃないが読めそうにない。でも、自分としては、いつか読むんだろうなあ、とはおもっている。今ではネット上でこの本に対する註釈集(annotations)が公開されているらしい。一方、万が一にも読んでしまったら、なにかの魔法が解けるようでいやなのも真実。このまま読まないというのももちろん選択肢のひとつではある。そして、結局こうやって、ああだこうだいってるのが楽しいのである。

著者の William Gaddis は、その作風からピンチョンと同一人物なのではないかという噂も立った人である。(当然のことながら、)結局それは違っていたようだ。全部で5冊の小説を残し、1998年に亡くなった。

The Recognitions (1955)
J R (1975)
Carpenter's Gothic (1985)
A Frolic of His Own (1994)
Agapē Agape (1998, posthumously published in 2002)

3冊目の Carpenter's Gothic は、ピンチョンの『逆光』の訳者である木原善彦氏が『カーペンターズ・ゴシック』として2000年に訳されている。このことを考えれば、The Recognitions が訳される可能性は10%ぐらいあるとおもうのだが、どうでしょう。分量的には、『逆光』の方が多いわけだし、あながち無理な話ではないだろう。越川芳明氏の『アメリカの彼方へ―ピンチョン以降の現代アメリカ文学』(自由國民社、1994年)にもこの本について少しだけ触れられていたが、いま手元にないので詳しくは書けない。

ちなみに、ボリュームは落ちるが似たような想い出のある本に、スコットランド出身の作家 Alasdair Gray の Lanark: A Life in Four Books があるが、これは2007年に見事『ラナーク―四巻からなる伝記』として翻訳された。
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by anglophile | 2011-04-27 06:43 | 読書 | Comments(2)
Commented by higonosuke at 2011-05-01 01:09 x
こんにちは。
『おかしな本棚』、本屋で買うかどうか逡巡した結果、買わずにしまったのですが、決めました。
やっぱり、買うことにします。anglophileさんが二度にわたって記事で取り上げておられて、その紹介のされ方があまりにも絶妙でしたので……。

ところで、豊田健次編『白桃―野呂邦暢短篇選』を購いました。これから少しずつ読もうとしているところです。
Commented by anglophile at 2011-05-01 09:54
higonosuke さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

クラフト・エヴィング商會の本はそれほど読んでおりませんが、この本は「古本」が前面に出されており、渋い本も混じっていますので、ダントツにおもしろいとおもいました。また、あれほど多様なテーマに沿ってデザインされた本棚と著者の吉田さんが書いていらっしゃる洗練された文章のマッチングを考えれば、クラフト・エヴィング商会渾身の一冊ではないかとおもいます。

『白桃』に関しては、私まだなのです。近所の本屋にありませんでしたので、そろそろネットで買おうかとおもっているところです。でも、やはり手触りをたのしんでから購入したいものですね。


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