2010年 12月 01日
"The Pleasure of Books"
仕事絡みで目を通していた英文に心惹かれる文章を見つけた。William Lyon Phelps という人の文章で、「読書」や「蔵書」について語っている。なかなかよいので、引いておこう。
The habit of reading is one of the greatest resources of mankind; and we enjoy reading books that belong to us much more than if they are borrowed. A borrowed book is like a guest in the house; it must be treated with punctiliousness, with a certain considerate formality. You must see that it sustains no damage; it must not suffer while under your roof. You cannot leave it carelessly, you cannot mark it, you cannot turn down the pages, you cannot use it familiarly. And then, some day, although this is seldom done, you really ought to return it.

But your own books belong to you; you treat them with that affectionate intimacy that annihilates formality. Books are for use, not for show; you should own no book that you are afraid to mark up, or afraid to place on the table, wide open and face down. A good reason for marking favorite passages in books is that this practice enables you to remember more easily the significant sayings, to refer to them quickly, and then in later years, it is like visiting a forest where you once blazed a trail. You have the pleasure of going over the old ground, and recalling both the intellectual scenery and your own earlier self.

Everyone should begin collecting a private library in youth; the instinct of private property, which is fundamental in human beings, can here be cultivated with every advantage and no evils. One should have one's own bookshelves, which should not have doors, glass windows, or keys; they should be free and accessible to the hand as well as to the eye. The best of mural decorations is books; they are more varied in color and appearance than any wallpaper, they are more attractive in design, and they have the prime advantage of being separate personalities, so that if you sit alone in the room in the firelight, you are surrounded with intimate friends. The knowledge that they are there in plain view is both stimulating and refreshing. You do not have to read them all. Most of my indoor life is spent in a room containing six thousand books; and I have a stock answer to the invariable question that comes from strangers. "Have you read all of these books?" "Some of them twice." This reply is both true and unexpected.

There are of course no friends like living, breathing, corporeal men and women; my devotion to reading has never made me a recluse. How could it? Books are of the people, by the people, for the people. Literature is the immortal part of history; it is the best and most enduring part of personality. But book-friends have this advantage over living friends; you can enjoy the most truly aristocratic society in the world whenever you want it. The great dead are beyond our physical reach, and the great living are usually almost as inaccessible; as for our personal friends and acquaintances, we cannot always see them. Perchance they are asleep, or away on a journey. But in a private library, you can at any moment converse with Socrates or Shakespeare or Carlyle or Dumas or Dickens or Shaw or Barrie or Galsworthy. And there is no doubt that in these books you see these men at their best. They wrote for you. They "laid themselves out," they did their ultimate best to entertain you, to make a favorable impression. You are necessary to them as an audience is to an actor; only instead of seeing them masked, you look into their innermost heart of heart.
Phelps は20世紀前半にアメリカのイェール大学で教鞭を執っていた人らしい。英文学の教授あたりだろうか。この文章は、1933年にラジオで放送されたスピーチ原稿がもとになっているようだ。奇しくも、この1ヶ月後、ドイツのベルリンでは、ナチスの煽動により、学生たちが25000冊の「ドイツ的」でない書物を焚書するという事件があったらしい。この事件は「書物」をめぐる象徴的な出来事として記憶されているのかもしれない。

訳はこんな感じ。
習慣的に本を読むという行為は、人類に与えられた最大の楽しみのひとつである。そして、借りた本よりは、自分が所有する本を読むことのほうがずっと楽しいものだ。借りた本というのは家に招いた客のようなものである。丁寧に、ある程度気を遣って接しなければならない。傷つけないように細心の注意を払い、自分の家にある間は、痛まないようにしなければならない。ぞんざいに放置しておくこともできないし、書き込みもできない。ページを折り曲げることもできないし、なれなれしく扱うこともできない。そして、いつかは、そうならないことが多いのだが、必ず返却されなければならない。

しかし、自分の所有する本ならばそんな必要はない。堅苦しくする必要もなく、いつもの愛情たっぷりの親密さでもって接すればよい。本は使うものであって、飾っておくものではない。書き込みをしたくないような本、開いて裏返しにしてテーブルの上においておきたくないような本は持たないほうがよい。本の気に入った箇所に書き込みをしておくとよいのは、そうすることによって重要な表現をより簡単に覚えられたり、すぐにそれを参照できたりするからであり、また年月が経過してから、道しるべを残しておいた森を再訪することができるからである。むかし訪れた場所をもう一度訪れ、知的な風景やそのときの自分自身と再会できる楽しみがあるのだ。

若いうちに本を蒐集し始めるとよいだろう。個人でものを所有したいという本能は、人間にとって基本的なものである。本の蒐集はその涵養に役立つのだ。自分の本棚を持つとよい。ただし、その本棚には扉やガラス窓や鍵が付いていないほうがよい。すぐに目で確認できるだけでなく、自由に手に取れるようにしておくべきだ。壁を装飾するなら本を並べればよい。壁紙に比べて、色や見た目が多様で、デザインとしても魅力的である。そして、本というものの最大の特徴はそれぞれに個性があるということだ。だから、炉辺に一人座し、親しい友に囲まれることになる。それらの蔵書を前にすると、想像力が刺激され、気分も一新する。そこにある本をすべて読む必要はない。私は家にいるときはたいてい6000冊の蔵書が並ぶ部屋で過ごす。人からよく訊かれる次のような質問には、私はいつも決まった答え方をする。「この本をすべて読んだのですか」「2度読んだものもありますよ」この返事は真実でもあり、意外なものでもある。

たしかに生きて呼吸をしている生身の人間にまさる友はいない。かといって、私は人付き合いを避けるために読書に没頭してきたのではない。そんなことは決してない。本というものは、人について書かれており、人によって書かれたものであり、人のために存在するものなのだ。文学は歴史を形作る不朽の要因であるし、人間性を形作る最良で恒久的な要因なのだ。しかし、友としての本は、生きている友にくらべて、次のような利点を持つ。すなわち、いつでも望むときに、世の中の真に高貴な人たちとの付き合いを楽しむことができるのである。今はもういない偉人たちと物理的に出会うことはできないし、同様に今生きている偉人たちにもお目にかかるということはまずない。身近な友人や知り合いですら、毎日合うわけではないのだから。おそらく彼らは眠っているか、旅行に出かけていることだろう。しかし、個人の書斎では、いつでもソクラテス、シェイクスピア、カーライル、デュマ、ディケンズ、ショー、バリー、ゴールズワージーと会話をすることができる。そして、その本の中で、これら文人たちの全盛期に立ち会うことができるのは確かだ。彼らは私たちのために本を書いたのだ。「自分を惜しげもなくさらけ出し」、私たちを楽しませようと最大の努力をし、好ましい印象を与えようとした。舞台俳優に観客が必要なように、彼らには私たち読者が必要なのだ。ただ劇の観客とちがうのは、作家たちの仮面をかぶった姿を見るのではなく、心の奥底をのぞき見るという点である。
本棚を部屋の壁の装飾と見なすという考え方はおもしろい。
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by anglophile | 2010-12-01 10:43 | 読書 | Comments(0)


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