2010年 10月 13日
谷崎潤一郎賞   
先日、阿部和重の『ピストルズ』が今年度の谷崎賞を受賞したことについてふれたが、『中央公論』11月号に選評と著者の受賞の言葉が載っていたので、さっそく読んでみた。選考委員は、池澤夏樹、川上弘美、桐野夏生、筒井康隆、堀江敏幸の5氏。それぞれの言葉について私なりの印象を記しておきたい。

<池澤夏樹>
最初に「受賞に敢えて反対はしないが、しかし全面的賛成ではない」という微妙な言い方をしている。そして過去の阿部作品のおもしろさにもふれながら、「けれども『ピストルズ』には戸惑った」と述べている。この「戸惑い」は多くの人が感じたところだろうとおもう。かくいう私もまったく同じ感想を持ったのだった。また、「連載が好評で二十巻くらいまで本になってまだ続きそうなコミックを読む感じに似ている」という指摘はおもしろい。これは、強い敵を倒してもまたそれよりも強い敵が次から次へと出てきて、終わるタイミングを失した『ドラゴンボール』のことを言っているのだろうか?(ちなみに、『ドラゴンボールはいつ終わるか?』という本がある)しかし最後には、「阿部氏が次作でどんな方法を用いるかとても興味がある」とあり、戸惑いながらも阿部作品のさらなる飛躍を期待していることがわかる。

<川上弘美>
この人の選評にはこれといった印象を受けなかった。ただし、池澤同様、「語られた主体である菖蒲みずきの“別所での報告”がいつか書かれるとしたら、その物語は、いったいどのような物語となるのか。刮目して待ちたく思います」と述べている。

<桐野夏生>
この人の場合は、明らかな肯定派である。「一見雑駁、実は巧緻な世界を作り上げることによって、“少女”そのものを解体してしまった。“作家の企み”程度の言葉では収まらない」とかなりの評価を与えている。作品全体を包み込む妖しい雰囲気を「映画“ピクニック・アット・ハンギングロック”の、花びらを撒きながら笑いさざめく美少女たちと、その背後に聳え立つ、不吉な赤い岩」が醸し出す雰囲気に例えている。これはなかなか鋭い指摘だとおもう。この映画は『刑事ジョン・ブック』や『いまを生きる』で有名なピーター・ウィアーのほぼデビュー作で、私もむかし見たことを思い出した。映画の道を志したこともある阿部がこの映画を見ていないはずはない。桐野夏生、恐るべし!

<筒井康隆>
筒井は、他の選考委員から指摘のあったこの作品のいくつかの欠点を同じように認めながらも、その「文学的実験の壮大さ」を評価している。また、「この作品はどんな小説でも長ければ長いほど喜ばしいという真に小説の好きな人間へのプレゼントである」と最後に述べている。「長編」ということで思い出したが、かつて阿部和重は長編『シンセミア』を連載していた頃、どこかで長編を書くことへの憧れについて語っていた。そのなかで、やはり同じ時期に『新潮』で何回かに分けて発表されていた平野啓一郎の長編『葬送』に言及し、「平野氏も現在長編執筆中らしいので自分もがんばりたい」というようなニュアンスのことを語っていた。そういう意味では、上の筒井の言葉は阿部にとって励みになるものだろうとおもう。

<堀江敏幸>
作品全体のやや停滞気味な空気の原因を、「耳で覚えた話を文字に起こす作業に特有の、再構成にともなう若干の言葉の後れと、語っている現在だけに許された創造の速度のもつれあい」と分析していて、この人の鋭い感性をそこに感じた。こんな分析はちょっと普通ではできないなあ。すごいとしかいいようがない。この言葉を頭において、再読してみるとまたちがった魅力に気づけるかもしれない。まあ、当分再読するつもりはありませんが。堀江も次作への期待を最後に語っている。

以上だが、5氏に共通するのは次回作を期待するということだったようにおもう。「神町サーガ」第3作は果たしてどのような作品になるのか。たしかに楽しみだ。

さて、今回の他の候補作は何だったのか気になったのでちょっと調べてみたが、最近は候補作を公表していないようだ。でも、谷崎賞についてのおもしろいサイトを見つけた。これは小谷野敦氏が運営されているものだった。こんなサイトがあることは知らなかったなあ。歴代の谷崎賞に関するいろんなことがわかるのでなかなか勉強になる。過去には、候補作が公表されている時期もあったようだ。2つほど興味深かったことを書き留めておく。

・2004年の第40回は、現在選考委員の堀江敏幸の『雪沼とその周辺』が受賞作だった。小谷野氏の一口コメントは、「この年は阿部和重『シンセミア』が受賞すべきだった。芥川賞をとらずに谷崎賞をとるのは村上春樹の前例がある。とっていればその後の芥川賞受賞はなかっただろうが、志賀直哉のような堀江の短編集が谷崎賞にふさわしいとは思えない」と手厳しい。でも、『シンセミア』が受賞していてもなんらおかしくはなかったともおもう。

・1977年の第13回では、野呂邦暢の『諫早菖蒲日記』も候補になっていたことを初めて知った。このときの受賞作は島尾敏雄の『日の移ろい』だった。

谷崎賞だけあって、並んだ作家は錚々たる面々である。まあ文学賞はあくまで文学賞だが、過去の受賞作・候補作を見て、勝手に自分だけの感慨に浸るのもまた一興である。
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by anglophile | 2010-10-13 12:06 | 読書 | Comments(0)


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