2010年 09月 23日
中古カメラウィルス   
赤瀬川原平『ライカ同盟』(ちくま文庫)の「はじめに」より。
 いたって真面目な話だが、病気の問題、医療制度のことである。エイズなど新病もなかなか治すことができずに大変なようだが、私は最近中古カメラの病気にかかってしまった。この患者はじつは昔から多く、男性の三割、あるいはほぼ半数がその潜在患者だろうといわれている。
 私も危ないのでこれまで気をつけていたのだが、あるとき、デパートの中古カメラ市にふと足を踏み入れて、たちまち中古カメラウィルスにとりつかれてしまった。
 とにかく仕事ができないのである。欲しいカメラがつぎつぎに湧いてきて、いままで馬鹿にしていたタイプのカメラまで、あるふとしたきっかけで欲しくなる。眩しいくらいに輝きはじめる。中古カメラ病の特徴である。治そうとして病気へ行ってもウィルスは検出できない。
 この点がコンピューターウィルスにちょっと似ている。あれも病院では検出できないけれど、病気はどんどん広がる。まるで死んでしまうことはないらしいが、やはり健全な仕事に支障をきたす。
 中古カメラの病気もそうで、これで死んだという人の例はまだないけれど、仕事が停滞してしまい、健全な社会生活が送れないという人は数多くいる。そうなっては困るわけで、私も病気が昂じて病状が激しくなってくると、治すために町へ出る。町には中古カメラ屋がぽつぽつとあり、それをちょっとのぞいたりして、レンズを一つちょっと買ったりしていると、とりあえず病状は治まったりする。
 同病相憐れむというか、同じ穴の狢(むじな)というか、周囲にはそういうキャリアが多い。ときどきは患者同士連れ立って町に治療に出るわけで、町の中古カメラ屋のことを私たちは診療所と呼んでいる。病院とか医者ともいう。
 「ちょっと病院に行こうか」
 と声をかけて、最近の新薬のこととか、効くと評判の医者とか、情報を交換し合ったりしている。
 困るのはこの治療費だ。安いレンズで治っているうちはいいが、ライカウィルスとかに罹ったら、大変である。すべて自費治療であるから、ボディー、レンズ、アクセサリーと買っているうちに、ふらふらになる。金がいくらあっても足りない。探す時間も足りない。このままダメになって死ぬのでは...、と思うときもあるほどだ。
 そこで思うのは、健康保険である。私も毎年、多額の保険金を納入している。ところが、この保険が中古カメラの病気には適用できないという。何故なのか説明はない。患者たちがこれだけ苦しんでいるというのに、いまだに治療費は、患者の全額負担だ。最近、漢方医療には少しずつ保険の道が開かれてきた。中古カメラへも早期適用を望む。ライカM3とかコダックエクトラとかが保険の適用で半額、あるいは三割、もしくは全額免除で入手できたら、私も病気から救われて、文学などに邁進できる。
思わず苦笑いしてしまった。古本ウィルスに、私の方は感染しています。
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by anglophile | 2010-09-23 21:59 | 読書 | Comments(0)


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