2010年 07月 20日
今日も暑かった
さて、後ろめたいような気持で受付を済ませ、2階の一番端っこにひっそりと陣取り、打ちっ放し開始。2、3球打っては休み、また2、3球打つ。けっこう体力が消耗する。交代で妻や息子が打つ。適当にアドバイスを与える。妻の方はおいといて、息子が石川遼のようになれるだろうか、などと考え、すぐにそれはないだろうなと考えを訂正する。親というものはついつい子供に期待してしまうものだ。3人で下手くそな球を合計60球ほど打つ。すると、私の左の掌の皮はむけてじんじんしている。痛いので、もう止めようということになって、1時間も経たずにゴルフは終了。所詮はお遊びよ。
そのあと、半分計画的に、打ちっ放しの近くにある「ブ」ではない「ブ」に寄る。
・倉橋由美子 『あたりまえのこと』 (朝日文庫)
・藤原新也 『印度放浪』 (同上)
・草間彌生 『無限の網-草間彌生自伝』 (作品社)
・町田康 『告白』 (中央公論社)
・花村萬月 『あとひき萬月辞典-花村萬月ベスト・アンソロジー』 (光文社)
5冊買ったら10%引きになったよ!買った二冊の文庫がどちらも朝日文庫なのは珍しいかも。花村萬月はふだんはノーマークだが、この本にはエッセイが何編か収められていて、それらを立ち読みしていたら何年も前に読んだ『父の文章教室』(集英社新書)のことが思い出された。「あまり威張るなよ」という最後に収められているエッセイはこう始まる。
父さん。あなたが死んだときは、ほんとうにうれしかったなあ。私は小学校四年で、多少は物事もわかりはじめていたから、小躍りこそしなかったが無限の解放感があったよ。おふくろや妹たちが泣くのを漠然と見守っているのもまずいと思ってうつむいていたけれど、葬式のときは退屈だったな。ぎょっとする内容だが、次の段落を読むとその理由がわかる。
父さん。あなたは私が小学校にあがったとたんに、岩波や新潮の旧仮名遣いの文庫本を読むことを強要したね。あいうえおを習っているときに、それは無茶だよ。あなたの監視のもと、毎日数時間、読めもしない文庫本の字面をひたすら追うことは、小学一年の私にとっては地獄だったな。父の死後、その「地獄」は幕を閉じたが、その反動で花村萬月は問題児となり、その後は「極道一直線」だったようだ。いやはや、なんとも凄絶な人生だ。
このことをより詳しく書いたのが『父の文章教室』である。これを読んだときは親の教育ということについてずいぶんと考えさせられたものだ。興味深かったのは、この「英才教育」のあいだ、音読ばかりさせられていたせいで、大人になってからも黙読ということができなかったそうだ。