タグ:古本についての本 ( 16 ) タグの人気記事

2016年 01月 11日
古本なしの三連休
三連休はブックオフでは何も買えず。昨日はふと思い立って、久しぶりにあうん堂へ。京都の恵文社から出た『古本屋がえらぶ気ままにオールタイムベストテン』という小冊子を求めて。あうん堂さんも寄稿されたようなので、きっと入荷しているはず。お店にはあうん堂さんご本人はいらっしゃらなかったが、冊子はちゃんと入荷しており無事入手。文庫より小さめのサイズ。あうん堂さんの文章、出だしが最高にクール。かっこいい。ほかには、善行堂の山本さんや内堀弘さんも書かれている。今回は、名古屋のシマウマ書房さんの読書遍歴が刺激になった。

ハルキムラカミの1Q84 を読みはじめて2ヶ月あまり。やっとBOOK3までたどり着いた。残り300ページ。これを読み終える頃には、ジュンパ・ラヒリのイタリア語本の英訳版が出るようなので、今度はそっちを読むかもしれない。

[PR]

by anglophile | 2016-01-11 23:38 | 読書 | Comments(0)
2013年 01月 18日
『定本 古本泣き笑い日記』を読んで
c0213681_0565574.jpg

未入手の状態でどこまで耐えられるか実験していたのだけどもう限界だ。山本善行さんの新著『定本 古本泣き笑い日記』(みずのわ出版)をようやく手に入れた。カバーを取ってみると、かっこいい角背が現れた。さっそくグラシン紙を巻いてから読み始める。青弓社版と重複する内容も含まれるが、それは最初の150ページほどで、残りの250ページほどは初めて読む日記だった。書影も満載で最高である。よく見ると、青弓社版にはなかった書影なども載っている。あっという間に読んでしまった。

山本さんの書くものが楽しいのは、買った本の値段がほぼもれなく書かれているから。うおっ、この本が105円かあ、という気持になるのが読者として楽しい。私もそのまねをしたくなって、このブログを始めた。何かを記録しておくという作業が好きなのだ。

古本パワーが満タンになったので、仕事が終わってから、雪の振るなか文圃閣へ。寒さに震えながら、ガレージの方だけ見る。金子光晴『這えば立て』(中公文庫)を1冊確保してから、単行本3冊500円として『カイエ 1979年11月号 特集・花田清輝』(冬樹社)蓮實重彦『魅せられて──作家論集』庄野潤三『おもちゃ屋』(河出書房新社)を選んだ。『カイエ』には野呂邦暢の短篇「赤毛」が入っていた。プチ家出をした妻が帰ってくるのを駅で待つ男の話。蓮實本には阿部和重論が2本入っている。既読だがまあ買っておく。

さて、普通ならここで家に帰るところだが、『泣き笑い日記』を読んだ私は、なぜか30km離れた小松のブックオフへと車を走らせてしまう。雪が降ってんのにだぜ。完全に常軌を逸しているが、やる気満々なのだからしょうがない。1冊も買えなかったらどうしよう、などとは思わなかった。

幸いにも、数冊ほしい本があった。ジュール・ヴェルヌ『チャンセラー号の筏』(集英社文庫)文藝春秋編『アンソロジー人間の情景6 奇妙なはなし』(文春文庫)ジョージ秋山『デロリンマン(上)(下)』(徳間コミック文庫)¥700の4冊。文春文庫の『アンソロジー人間の情景』のシリーズは全部で10冊出ているが、その中でもこの6番目の『奇妙なはなし』はあんまり見ないやつかも。ようやく見つけることができた。『デロリンマン』はさくらコミックス版は昔買ったが、この徳間文庫のやつはまだ持ってなかった。よしよし。

さて、明日はどうしようか。
[PR]

by anglophile | 2013-01-18 23:52 | 読書 | Comments(0)
2012年 07月 24日
Susan Hill on Dust Jackets
しばらく前に読了したスーザン・ヒルの書物随筆集 Howards End is on the Landing: A Year of Reading from Home は、本にまつわるあれこれが書かれていてとても面白かった。そのなかで、古本に関係する話が1つだけあったので、ここに紹介しておきたい。これが面白いエピソードで、夜中に読んでいて、思わずゲラゲラ笑ってしまった。

引用する短章のタイトルは 'A Book by its Cover' で、おもに本のカバー(dust jackets)についての話。本のカバーや帯などの付属品を重要と見なすかどうかは完全に個人の好みだろうが、こと古本としての付加価値ということになると、これはもうカバーや帯が完全な状態で残っているほうが望ましいに決まっている。以下に紹介するエピソードは、ヒルの友人の実にもったいなかった話。
  Some years ago a friend had a salutary lesson in the importance of dust jackets which has made me take more care of those I know to be of some value. He had a serious collection of first editions of twentieth-century poetry, including all of T.S. Eliot, and of first editions of E.M. Forster, D.H. Lawrence, Virginia Woolf and some others of equal rank. He also owned some fine private press books --- The Chaucer Head, Kelmscott. He liked to look, to handle and to read his books but he was always careful not to mark or damage them. He did, however, have a dislike of dust jackets which he regarded rather like brown paper bags for groceries or envelopes containing letters. He thought they were of no interest or significance and he preferred the bindings they concealed. So he simply tore them off as soon as he bought his books and threw them away.
  Then he came to me for advice. He needed money to help pay for his youngest son's education and proposed to sell some of his book collection. Did I know of a good dealer who would give me a fair price? I did. My friend compiled a list of what he wished to sell and sent it down. The dealer proposed an immediate visit. First editions of The Four Quartets, The Waste Land, A Passage to India, A Room with a View, To the Lighthouse, as well as a juicy selection of private press volumes, do not come the way of an antiquarian bookseller every day of the week.
  He arrived and was shown the private press books first. He named a good price. Then they crossed the room to the Modern Firsts.
  When he saw the rows of them, immaculate and in near-fine condition but every single one without its dust jacket, he wept, and when he heard that these had been torn off and thrown away, he wept again. The books were worth something, of course, but with their original near-mint dust jackets they would have been worth ten times as much. My friend was flabbergasted --- indeed, for a while, he was disbelieving, so that the dealer suggested he ask a colleague to reinforce what he had said. They contacted him by phone and my friend spoke to him, only to hear the same story. The rest of the money for his son's education had to be found some other way. (pp. 162-163)

 ある友人が数年前に本のカバーがいかに大事かについて洗礼を受けた。その一件以来、私自身も多少貴重だと思われる本を慎重に取り扱うようになった。この友人は、20世紀の詩集を熱心に蒐集している初版本コレクターで、T.S.エリオットの全著作をはじめ、E.M.フォースター、D.H.ロレンス、ヴァージニア・ウルフなどの初版本も蒐集していた。また、彼はチョーサー・ヘッドやケルムスコットといったプライベート・プレスから発行された貴重な本も所有していた。自分のコレクションを眺め、手に取り、またそれらを読むことを彼は好んだが、一方で本に印を付けたり傷つけないように常に気をつけていた。ところが、彼には本を包んでいるカバーを嫌う習性があり、そんなものはスーパーの食品を入れる茶色の紙袋か手紙の入った封筒ぐらいにしか考えていなかった。彼は本のカバーに関心を持っておらず、その下に包まれている本にしか関心がなかった。そういうわけだから、彼は本を購入するとすぐにカバーを破り捨てていた。
 そんな彼が私の所にある頼み事を持ってきた。下の息子さんのために学費が必要になったので、コレクションの一部をお金に換えたいということだった。信頼のおける古書店を知らないかと訊かれたので、私は知っていると答えた。友人は売ろうと考えている本のリストを作り、さっそくそれを古本屋に送った。古本屋はすぐにやってきた。『四つの四重奏』、『荒地』、『インドへの道』、『眺めのいい部屋』、『灯台へ』の初版本のみならず、マニア垂涎のプライベート・プレス発行の本などは、古書店といえども、そうお目にかかれるものではない。
 古本屋が到着すると、まずプライベート・プレスの本を見せられた。提示額は十分なものだった。次に、モダニストたちの初版本コーナーへと移った。
 ずらっと並んだ本を前にし、古本屋は涙を流した。本の状態は申し分のないものだったが、すべてが「カバー欠」という状態だったのだ。それらのカバーは破って捨ててしまったということを聞き、古本屋はもう一度涙を流した。もちろん本自体にいくらかの価値はつくが、元々あったカバーが完全に近い状態で残っていれば、その価値は10倍になっただろう。開いた口がふさがらないとはこのことで、友人はしばらくわが耳を疑った。その様子を見て、古本屋はなんなら別の同業の知人に連絡を取るから、今言ったことが本当かどうか確認してみればどうかと言った。二人はその古本屋に電話し、友人の方が話をしてみた。同じ言葉が返ってきただけだった。結局、学費の残りは別の方法で調達しなければならなくなった。

あまりにも可笑しかったので、この話を妻にしてやったら、「それでは、あなたの本棚にある本のカバーも全部破り捨ててしまったら、あなたもお泣きになられるの?」などと物騒なことを訊いてきて困った。
[PR]

by anglophile | 2012-07-24 21:41 | 読書 | Comments(0)
2012年 01月 24日
古本とデザート
一月二十日、日曜日。十三時怠惰起床。天気は晴れ。妻と息子はすでに外出中。朝食は小型三日月麺麭三個と珈琲。十四時過ぎ、妻帰宅。息子は近くのカメクラにてカードバトルとのこと。妻、別の用事があり再度外出。十五時に自分が息子をカメクラに迎えに行く。息子はもう一試合残っているということで、自分は車中にて待機。平石貴樹『アメリカ文学史』(松柏社)を読み継ぐ。現在、五十頁を過ぎたところ。一頁の活字量が多いのでなかなか進まないが、学ぶことは多い。例えば、
 ...日本であれば、作家が外国の作家とおなじ市場で競争する、という問題は生じないが、アメリカは、読者はイギリスの本を読むことができるだけでなく、そうすることに慣れてもいたので、たとえばクーパーは、スコットと、いわばまともに勝負しなければならなかった。しかも、当時アメリカは、イギリスをふくむ国際社会に対して、国際著作権協定を締結していなかったから、アメリカの出版社は、たとえばスコットの小説を、スコットにもイギリスの出版社にも印税を支払わず、自由に複製--いわゆる海賊版を刊行し、販売することができた。いっぽう、自国の著者の作品を出版する場合には、印税が課せられたので、けっきょくアメリカの出版社にとっては、自国の無名の著者の作品を、印税を払って出版するか、それともイギリスの、すでに名のとおった著者の作品を、印税無料で出版するか、という不公平な二者択一が突きつけられ、当然ながら大多数は、イギリス作品の海賊版をつくるほうをえらんだ(一八三〇~四〇年代、スコットに代わって人気を博した作家はディケンズだった)。
 アメリカが国際著作権協定を結んだのは、一八九一年であるので、作家たちの不遇は、ほぼ一九世紀のあいだ中つづいた。作家たちはこの間、出版の機会をつかみ、利益を確保するために、さまざまな努力を重ねた。その努力のひとつは、英米両国の出版社と個別に同時に契約することによって、せめて自作の海賊版を防止することだった。クーパーは、両国同時契約をおこなったアメリカ最初の作家にもなった。(四十一頁)
英米両国で同じ本が出版されるのは当たり前だと思っていたが、どうやら上のような事情が元々あったらしい。なぁるほど。引用文中の「クーパー」とはジェイムズ・フェニモア・クーパー、「スコット」はウォルター・スコットのこと。百六十年前のアメリカの文学事情を反芻していると、息子がバトルを終えて車に戻ってきた。三勝二敗と勝ち越したようで上機嫌。時間は午後四時。陽差しがオレンジ色になってきた。日曜日午後四時頃のオレンジ色は切ない。家に戻るには中途半端な時間なので、息子の許可を得てから、香林坊に向かうことにする。久しぶりにせせらぎさんに行ってみたくなった。

近くの小銭制駐車場に車をとめる。お店に入っていくと、せせらぎさんがいらっしゃりご挨拶申し上げる。店内は数ヶ月前に来たときと少し雰囲気が変わっていた。以前は店内左側の一段高くなったスペースには未整理本の段ボールが置かれていたはずだが、そこも整理されて文庫と新書の棚が移動してきていた。また、店内奥の文学棚にも本が補充されていて、前回訪問時にはなかった小林信彦の単行本群や国書刊行会の世界幻想文学大系やフランク・ノリス『オクトパス』などが並んでいた。精力的に仕入れをされているのだろうとお見受けした。おかげで、二十分だけのつもりが、結局一時間ほどいてしまった。買った本は以下の四冊。

・戸板康二 『泣きどころ人物誌』 (文春文庫) ¥100
・ギッシング 『ヘンリ・ライクロフトの手記』 (角川文庫) ¥100
・ギッシング 『南イタリア周遊記』 (岩波文庫) ¥200
・近藤健児 『絶版文庫交響楽』 (青弓社) ¥500

何気なく買ったギッシングの『ヘンリ・ライクロフト』は、岩波文庫版が有名だと思うが、これは角川文庫版だった。よく見たら、題名も『私記』ではなく『手記』。ちょっと珍しいかも。カバーが付く以前の角川文庫の赤い横線群にはときめくことが多い。『絶版文庫交響楽』は海外文学の文庫探求の書。著者は『ニッポン文庫大全』にも寄稿されている方らしい。蒐集範囲が戦前の文庫にまで及んでおり、相当年季が入っている。読書量にも脱帽である。モームやハクスリィやヘンリー・ジェイムズらのどんな文庫がかつて出ていたのかがわかり誠に興味深い。どの本をいつどこでいくらで買ったかということもときどき書かれていて、古本心に響いてくる。絶版文庫関連の本はいろいろとあると思うが、この本はかなり趣味に合っている。もう少し掲載写真が多ければなおよいのだが。昨年出た『少年少女昭和ミステリ美術館 表紙でみるジュニア・ミステリの世界』(平凡社)を真似して、例えば『書影でたどる海外文学絶版文庫』(どこかで聞いたことがあるような題名?)とか『フルカラー海外文学絶版文庫の光と影』(帯は付けたままのもの【下図①】と外したときのもの【同②】を別々で)というのを出してほしい。七千八百円(税抜)までなら妻に内緒で即決で買える。それ以上は要相談。

<図①>
c0213681_5181838.jpg

<図②>
c0213681_5233046.jpg

「新しき文庫の時代」が到来しそうなところで、お店を後にする。さて、せっかく武蔵界隈に来たので、「フルーツパーラーむらはた」に寄ることを思いついた。ただし時間はすでに午後五時。洋梨ケーキはもう売り切れになっている可能性が高いが、せせらぎさんからは近いので、とりあえず行ってみることにする。すると、洋梨ケーキはちょうど三個残っていた。運が良かった。全部買う。これにて本日は全日程終了かと思ったが、せっかく武蔵が辻に来たのならば、これまた久しぶりに近八書房にも寄ってみようということで、ちょっとだけ入り口の文庫コーナーを見に行ってきた。一冊だけ購入。

・獅子文六 『但馬太郎治伝』 (講談社文芸文庫) ¥800

家に帰ってから息子と食べた洋梨ケーキはやはり絶品であった。
[PR]

by anglophile | 2012-01-24 05:45 | 古本 | Comments(0)
2011年 09月 06日
新刊3冊
最近買った新しい本は以下の如し。

・久松健一 『書物奇縁』 (日本古書通信社)
・渡辺温 『アンドロギュノスの裔』 (創元推理文庫)
・久生十蘭 『パノラマニア十蘭』 (河出文庫)

『書物奇縁』は日本の古本屋から送られてくるメールマガジンに紹介されていた。なじみの書店に取り寄せてもらったが、アマゾンでも買えるのだな。かなりマニアックな話もあって読み応えがあった。『アンドロギュノスの裔』は、門外漢の私などが容易に手を出すべき本ではないのだが、分厚さとカバーのシブさに魅せられた。かなりマニアックな1冊のようで、小学校3年生の時の作文なんかが収められている。ただならぬ雰囲気を感じて、これは1冊持っておくべきだと直感した。1500円したけど、これってたぶん安いでしょ。まだ読んでないので内容はわからないけど。十蘭の河出文庫第3弾は今ちょびちょび読んでいるところ。しばらく「パノラマニア」を「パラノマニア」だとおもっていて、検索しても出てこないから焦った。この調子でシリーズが続いていくことを望む。

c0213681_2118377.jpg

[PR]

by anglophile | 2011-09-06 21:42 | 古本 | Comments(0)
2011年 05月 26日
書中日記
坪内祐三『書中日記』(本の雑誌社)は、古本スパイスが効いていてとてもおもしろい。遅れてきた読者である私は、このシリーズを買うのははじめて。『本の雑誌』自体に目が行くようになったのもここ1年くらいのこと。だから、それを計画的に読むという習慣は身についていない。が、立ち寄った本屋で、ときどき思い出したようにして、この雑誌に連載されている荻原魚雷さんの小さなコラムと坪内さんのこの日記を立ち読みすることはある。

日記形式ということで書くスペースは限られているはずだが、買った本の中から気になった一節を大胆にスペースを使って引用しているところが、逆にこちらの興味をかきたててくれる。洋書もずいぶんと買っていらっしゃる。雑誌『ニューヨーカー』も定期購読されている。アルフレッド・ケイジン(Alfred Kazin)などの名前が出てくる。名前の挙がっている洋書を自分も注文したくなる。さしあたって、『ザ・ボブ・ディラン・リーダー』(Studio A: The Bob Dylan Reader)、『パリス・レヴュー インタヴュー集成』(The Paris Review Interviews)、ケイジンの一巻本選集(Alfred Kazin's America: Critical and Personal Writings のことか)などは、ぜひ読んでみたい。

当然のことながら、ほかの『~日記』シリーズも読みたくなった。でも、その前に、パラパラ読みで済ませてあった『古本的』(毎日新聞社)にもう一度目を通してみることにしよう。

あと、ウェルネスバーガーというのは未見である。
[PR]

by anglophile | 2011-05-26 07:10 | 読書 | Comments(0)
2011年 04月 26日
おかしな本棚
c0213681_0424954.jpg

クラフト・エヴィング商會の新刊『おかしな本棚』(朝日新聞出版)を読んだ。今年の私的ベストテン確定の一冊であった。他人の本棚にある本の背表紙を眺めることのなんと楽しいことか!

私の場合、古本屋の本棚に心弾むことはいうまでもなく、他の方のブログで本棚の写真などがアップされているとパソコンの画面をのぞきこむようにして見る、見る。そして、拡大して画像が粗くなるともどかしく感じる。ついでにいえば、家にある都築響一『TOKYO STYLE』に貼ってある付箋は、すべて本棚が写っているページを示すものだ。

珠玉の言葉を繋留しておく。
ぼくにとって本棚とは「読み終えた本」を保管しておくものではなく、まだ読んでいない本を、その本を読みたいと思ったときの記憶と一緒に並べておくものだ。(3頁)
 いまはインターネットによって、容易に本が見つかるし、ネット上で見つけてから手に届くまでの待ち時間は、なんと「ひとねむり」。夜にオーダーし、ひとねむりして目を覚ますと、もう届いている。ありえないありがたさ。
 が、ありがたいことは、おおむね何かと引き換えになっていて、結論を先に行ってしまうと、我々はどうやら「読めない」を失ってしまったらしい。もう少し補足すると、「読めない時間」を失った。おかしなことである。待ち時間を「ひとねむり」にまで短縮して時間を稼いだのに、稼いだはずの「時間」が失われている。
 というか、失われて初めて輪郭が得られたのは、どうやら、この世でいちばん価値のある時間は待ち時間であるということだ。待たされるあいだの「空虚」「期待」「予測」「妄想」「やきもき」「ちくしょう」「あんなか?」「こんなか?」等々が、待ち望んだ書物を彩り、絶妙のスパイスになる。そして、それでもなお待たされたりすると、予測や妄想が暴走し、読んでもいないのに誤読を始め、ついにはあたらしいものを勝手に生み出してしまう。どうしても読めないなら自分が書く---とペンを握る。こうして、人は待ち時間によって芸術家になった。(116-7頁)
本は「探すこと」がいちばんの醍醐味です。その次に「なかなか読めない」醍醐味があり、三番目にようやく「読む」醍醐味があります。(171頁)

[PR]

by anglophile | 2011-04-26 15:04 | 読書 | Comments(0)
2010年 11月 07日
東京の居心地
ここ数日のうちに、アマゾンに注文してあった本が何冊か届いた。下がそのうちの一冊。

c0213681_1384095.jpg

山高登『東京の居心地 画かきの旅』(本阿弥書店、一九九六年)。先日復刊された『昔日の客』の挿画が印象的だったので、山高氏にこのような随筆集があることを知り、さっそく注文したのだった。表紙の色付きの画がいいなあ。「佃の渡し」という題が付けられている。

この本は短歌雑誌『歌壇』に連載されていた文章をまとめたもので、「東京陰翳礼賛」「昔がたり」「あの人の思い出」「発見は創作なり」「画かきのつぶやき」の五章で構成されている。それぞれに約十編ずつの随筆が収められており、その一篇一篇に著者自身の版画が付けられてる。帯には「懐しい東京 懐しい人びと-現代(いま)が忘れ去ったふるさと東京の美しい風景とやさしい暮らしが版画とともに甦る」とある。

目次を見ていたら、「古書の周辺」という一篇があった。こんな文章で始まる。
街を歩いていても旅の途中でも古書の看板が目に入るとちょっと寄ってみないではいられない。たとえ“虫コミ、写真集高く買います”の貼紙の出ている店でもである。
こういう文章を読むとおもわず頬がゆるむ。なぜなら私も街を歩いていて「古」の文字に無反応ではいられないから。たとえそれが「古紙回収」という見当ちがいな看板でもである。この「古書の周辺」には関口良雄の話も出てくる。『昔日の客』にあったエピソードがいくつか紹介されていて、これまた頬がゆるむ。この本は『昔日の客』の隣に並べておこう。
[PR]

by anglophile | 2010-11-07 02:20 | 読書 | Comments(0)
2010年 10月 29日
『男の隠れ家』12月号
本屋で『男の隠れ家』(12月号)を立ち読みし、欲しくなったので買ってきた。

丸ごと「本」の話で、ものすごく充実している。特に、「第3章 古本屋を巡る」がいい。神保町と京都の古書店がとても詳しく紹介されている。あと、「日本全国“超厳選”古本屋ツアー」もおもしろかった。全国には魅力的な古本屋さんがたくさんあることがわかる。すべてを放擲し、私も全国行脚してみたいなあ。

c0213681_1826192.jpg

[PR]

by anglophile | 2010-10-29 14:40 | 読書 | Comments(2)
2010年 10月 07日
『昔日の客』を読む   
関口良雄『昔日の客』(夏葉社)が届いた。これまでいくつかの古本関連の書籍やブログで、断片的にその文章に触れてきた『昔日の客』。でもそれは本当にほんの断片にすぎなかった。いま、断片ではなく、そのすべてが目の前にある。

「正宗白鳥先生訪問記」から読み始める。「偽筆の話」、「上林暁先生訪問記」、「伊藤整氏になりすました話」など、もう興味津々。「某月某日」まで読み進んで、しばし休憩。休憩後、我慢できずに、野呂邦暢との交流について書かれた「昔日の客」に飛ぶ。じいんときた。この表題作をどれだけ読みたかったことか。感無量である。

しかしそれだけではない。もちろん著者が敬愛した作家についての文章も掛け値なしに面白いが、少年時代を回顧した文章がまたいい。
 今年の五月初旬、私は二十数年ぶりかで、故里の土を踏んだ時、今は他人の家となっている生家の前に佇んで往時を偲び、長い間忘れていた雑貨屋の店先にも立ってみた。
 あの時の勉さんの新妻は早や初老となり、一人娘には養子を迎え、夫婦の中には勉さんに生きうつしの十五、六歳の息子さえいた。
 私は最近これほど如実に、人生の流れの早さを感じたことはない。 (「恋文」)
 いつもは生徒を教える立場にいる先生だったが、この時ばかりは、私の言うなりになって手を洗い、紙片でいともしおらしく、どうかイボが治りますようにと、となえている様子を見て、私は心中甚だ愉快な気持ちになった。 (「イボ地蔵様」)
これらはいずれもわずか4ページほどの回想文にすぎないのだが、一方でちょっとした私小説の佳品といえるのではないか。そんなことを考えていたら、この夏に読んだ上林暁『半ドンの記憶』所収の「非行中学生」などの一連の短篇がふと頭に浮かんだ。雰囲気がすごく似ている、とおもって、『半ドンの記憶』を棚から取り出して開いてみたら、「装丁 山高登」とあった。ああ、やっぱりそうだったか。『昔日の客』の口絵と裏表紙版画も同じ山高氏によるものである。こういうことは知らないところでつながっているもんなんだなあ。

c0213681_2322286.jpg

[PR]

by anglophile | 2010-10-07 21:45 | 読書 | Comments(0)