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2011年 01月 06日
ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』書評メモ
The Savage Detectives もいよいよ大詰めを迎えている。一足先に、新聞やブログで公開された日本語と英語の主な作品評をリストアップしておこう。読み終わった後に、一通り巡ってみたい。

越川芳明
木部与巴仁
沼野充義
都甲幸治
柳原孝敦
野谷文昭

書肆コルシア
Cafe Bleu Diary

The New York Times
The Washington Post
London Review of Books
The New Yorker
The Independent

<おまけ>
『2666』の海外書評。こういうサイトがあるとは知らなかった。便利だ。ちなみに、『2666』の方が『野生の探偵たち』よりも圧倒的に書評数が多く、かつ評価はほぼ満点に近いようだ。
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by anglophile | 2011-01-06 01:33 | 読書 | Comments(0)
2010年 12月 30日
Roberto Bolaño, "The Savage Detectives"
Bolaño の The Savage Detectives は、やっと250頁を超えたところ。このペースだと、某テレビ局の歌番組が終わるまでに読み終えるのは難しいか。いま第2部を読んでいるのだが、この第2部が450頁あることに気づいた。すなわち全体の約70%である。英文の方はすべて口語体なので、けっこうスイスイ読めるのだが。

この第2部は、様々な人物たちへのインタビューで構成されている。これらの人物たちは皆、主人公であるアルトゥーロ・ベラーノとウリセス・リマの2人と何らかの接点を持っている。したがって、第2部を読み進めていくことで、読者はベラーノとリマの足跡をたどることになる。しかし同時に、この2人の方は、1920年代に実在したとされるメキシコの前衛詩人セサレア・ティナヘーロの足跡をたどっていることになっているので、読者は必然的に2つの探索を同時に引き受けていくことになる。だからついつい先を読みたくなる。巧いもんだなあとおもう。

さらに、そのインタビューがなされた期間が、1976年から1996年の20年間に亘っているから、ハンパじゃない。また、1人の登場人物へのインタビューが完結して語られることは少なく、長いもの(であるがゆえに重要なもの)はいくつかに分割されて配置されており、その合間にほかの登場人物たちへのインタビューがさらに挿入されるという形式になっている。時間も多少行ったり来たりする。これは明らかに意図的なもので、焦らされること頻り。「ボラーニョーっ!」と叫びたくなるくらい。でもまあ、少なくとも、この作家が語りの形式に非常にこだわっているということがよくわかるし、私自身もそういう意匠は嫌いではない。

これらのインタビューのなかで最も登場回数の多いのがアマデオ・サルバティエラという人物。この人物は、セサレア・ティナヘーロをよく知る人物なので、最重要人物だといっていいかもしれない。彼の口から、ベラーノとリマが彼を訪問した時の様子が語られる。サルバティエラの書斎で、唯一セサレア・ティナヘーロが編集していた『カボルカ』という雑誌をサルバティエラが探す描写は、古本好きにとってはたまらないかもしれない。
... I opened the file and began to rummage through the papers, looking for the only copy I had of Caborca, the magazine Cesárea had edited with so many secrecy and excitement. (p. 207)
こういう失われた詩誌の発掘みたいな話は大好きだ。早く先を読みたい、とおもうのだが、サルバティエラのインタビューはすぐに他の人物へのインタビューの挿入によって中断されるのであった。ボラーニョー!
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by anglophile | 2010-12-30 00:51 | 読書 | Comments(0)
2010年 12月 25日
Roberto Bolaño Revisited
バルガス=リョサの『世界終末戦争』の英訳版が地球のあちら側から届くのを、鶴首して待っているのだけれど、まだ届きませんねえ。合間に何を読もうかとおもって、手にしたのがこちら。大丈夫なのか!?
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Roberto Bolaño, The Savage Detectives (Picador, 2008) である。今年、白水社から邦訳(『野生の探偵たち』)も上下巻で出たボラーニョの代表作。原書は1998年に出版されている。ちょうど1年前に、ボラーニョの遺作となった 2666 の方を先に読んだのだが、そのあとこちらの方も購入し、積んでおいたのだった。900頁あった 2666 ほどではないが、こちらも650頁と大盛りであるのには変わりない。登場人物があいかわらず多くて困るが、白水社の《エクス・リブリス》通信のボラーニョ特集号を印刷して手元に置いてあるので、かろうじて人物関係を見失わずにいる。こういうのは本当に助かります。もうすぐ100頁に達するが、なんとか行けそうな感じ。年を越すまでに読む、絶対に読む!

唯一の問題は、その途中に『世界終末戦争』が届いてしまいそうなことなのだが。
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by anglophile | 2010-12-25 23:19 | 読書 | Comments(0)
2010年 05月 19日
最近気になる本
相変わらず読むペースが遅いけど、阿部和重の『ピストルズ』もあとわずかになった。

さて、気になる本をいくつかメモっておこう。

・穂村弘 『絶叫委員会』 (筑摩書房)

本屋でちょっと立ち読みしたが、笑いが止まらなくなった。帯が傷んでいたので買わなかったけど。ちがう本屋に行ってみようか。帯は大切です。

・ロベルト・ボラーニョ 『野生の探偵たち』 (白水社)

上下巻で六千円はなかなか手が出ないなあ。でも、上下並べたときの装幀がなかなかいい。英訳なら千三百円ほどで買えるが、邦訳も気になる存在ではある。さて、どうしようか。

・『トマス・ピンチョン全小説』 (新潮社)

6月からいよいよ『メイスン・アンド・ディクスン』が刊行される。買っても読めるかどうかも分からないので購入するかどうかは未定。でも、あの書影はそそられる。とりあえずパンフレットを手に入れたいところだ。
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by anglophile | 2010-05-19 17:28 | 読書 | Comments(0)
2009年 12月 05日
『2666』読了!
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ロベルト・ボラーニョ『2666』を読み終えた。三カ月近くかかったが、今は九〇〇頁を読み切った充実感に浸っている。最後まで読み継ぐモチベーションになったのは、やはり謎の作家Archimboldiの人物像である。最後のパート5で、この作家の幼少時代から現在までが明らかになる。この小説はボラーニョの遺作だったそうで、これを書きながら自分の死期が近いことも悟っていたらしい。したがって、多少結末を急いだようにも感じられた。とはいえ、小説においてはすべてが書かれる必要はないのだから、あとは読者の想像に任せるのもひとつのあり方だろうと思う。連続殺人事件の犯人はいったい誰なのか?「2666」という数字はいったい何を意味しているのか?という謎解き要素も気になるところだが、ここではふれずにおこう。

さて、しばらく英語漬けだったので、年末に向けて今度は日本文学をじっくり読んでみたいと思う。さしあたり、『全集・現代文学の発見』に手をつけてみようかと考えている。

(写真は『2666』の見返し。表紙の著者名BOLANOの一つ目のOがギザギザの穴になっており、見返しの髑髏の目玉が見える仕掛けになっている。なかなか手の込んだ装幀である。)
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by anglophile | 2009-12-05 10:55 | 読書 | Comments(0)
2009年 11月 19日
『2666』の冒頭を訳してみる
私は洋書の購入をほとんど「アマゾン」に頼っている。ここ何年かの間に「クリックなか見!検索」機能が充実し、内容の一部(目次や冒頭の数頁)を読める書籍が増えてきたのは実にありがたいことである。現在読破中の『2666』もこの機能があったからこそ購入することにしたのだった。冒頭の数頁を読み、たちまちそこに引き込まれてしまった。これはぜったいに読まねばなるまいと思ったのは、それが本好きにはたまらない書き出しで始まっていたからである。以下、長々と引用してみよう。
The first time that Jean-Claude Pelletier read Benno von Archimboldi was Christmas 1980, in Paris, when he was nineteen years old and studying German literature. The book in question was D'Arsonval. The young Pelletier didn't realize at the time that the novel was part of trilogy (made up of the English-themed The Garden and the Polish-themed The Leather Mask, together with the clearly French-themed D'Arsonval), but this ignorance or lapse or bibliographical lacuna, attributable only to his extreme youth, did nothing to diminish the wonder and admiration that the novel stirred in him.

From that day on (or from the early morning hours when he concluded his maiden reading) he became an enthusiastic Archimboldian and set out on a quest to find more works by the author. This was no easy task. Getting hold of books by Benno von Archimboldi in the 1980s, even in Paris, was an effort not lacking in all kinds of difficulties. Almost no reference to Archimboldi could be found in the university's German department. Pelletier's professors had never heard of him. One said he thought he recognized the name. Ten minutes later, to Pelletier's outrage (and horror), he realized that the person his professor had in mind was the Italian painter, regarding whom he soon revealed himself to equally ignorant.

Pelletier wrote to the Hamburg publishing house that had published D'Arsonval and received no response. He also scoured the few German bookstores he could find in Paris. The name Archimboldi appeared in a dictionary of German literature and in a Belgian magazine devoted --- whether as a joke or seriously, he never knew --- to the literature of Prussia. In 1981, he made a trip to Bavaria with three friends from the German department, and there, in a little bookstore in Munich, on Voralmstrasse, he found two other books: the slim volume titled Mitzi's Treasure, less than one hundred pages long, and the aforementioned English novel, The Garden.

Reading these two novels only reinforced the opinion he'd already formed of Archimboldi. In 1983, at the age of twenty-two, he undertook the task of translating D'Arsonval. No one asked him to do it. At the time, there was no French publishing house interested in publishing the German author with the funny name. Essentially, Pelletier set out to translate the book because he liked it, and because he enjoyed the work, although it also occurred to him that he could submit translation, prefaced with a study of the Archimboldi oeuvre, as his thesis, and --- why not? --- as the foundation of his future dissertation.

He completed the final draft of the translation in 1984, and a Paris publishing house, after some inconclusive and contradictory readings, accepted it and published Archimboldi. Though the novel seemed destined from the start not to sell more than a thousand copies, the first printing of three thousand was exhausted after a couple of contradictory, positive, even effusive reviews, opening the door for the second, third, and fourth printings.

By then Pelletier had read fifteen books by the German writer, translated two others, and was regarded almost universally as the preeminent authority on Benno von Archimboldi across the length and breadth of France.
次に試訳をば。
ジャン・クロード・ペルティエがはじめてベノ・フォン・アルキンボウルディを読んだのは一九八〇年のクリスマス、パリにおいてだった。当時、彼は一九歳でドイツ文学を学んでいた。読んだ本というのは、フランスを題材にした『ダルソンバール』という小説で、これが三部作のうちの一冊(あとの二冊は、英国を題材にした『庭園』とポーランドを題材にした『革の仮面』)であることを若きペルティエは知るよしもなかった。作者とその著作に関してほとんど知識がなかったとはいえ、そのことによって彼がこの一冊の小説に対して感じた驚きと賛嘆を失うことは少しもなかった。

その日以降(すなわち、記念すべき第一冊目を読み終えたあの日の朝以降)、彼はアルキンボウルディの熱狂的読者となり、他の著作を蒐集する旅の第一歩を踏み出したのだった。しかし蒐集は困難をきわめた。一九八〇年代において、ベノ・フォン・アルキンボウルディの著作を手に入れる手がかりは、パリにおいてでさえ皆無であった。彼が通う大学のドイツ語学部にもアルキンボルディに関係する資料はほとんど見つからなかった。ペルティエの知る教授たちも誰一人としてその名前を聞いたことがなかった。あるとき、そのうちの一人がその名前に聞き覚えがあると言ったが、しばらくしてから、知っていると思っていた人物が実はイタリア人の画家であり、しかもその教授は結局その画家についてすらほとんど何も知らないことが分かり、彼はそのいい加減さに怒り(と恐怖)をおぼえたのだった。

そこでペルティエは『ダルソンバール』を出版したハンブルグの出版社に手紙を書いてみた。しかし返事はなかった。次に、パリにあるドイツ語専門の書店をいくつかまわってみたが、アルキンボウルディという人名は、ドイツ文学事典ともう一冊、冗談なのか本当なのかは分からなかったが、ベルギーで出版されたプロシア文学専門の文芸雑誌に出ていたにすぎなかった。一九八一年、彼は学部の友人三人とともにドイツのバイエルンを訪れる。そしてミュンヘンのヴォラルム通りにあった小さな書店で二冊の書物を見つけた。一冊は『ミッツィの宝物』という一〇〇頁に満たない薄い本で、もう一冊は先に挙げた英国を題材にした『庭園』という小説だった。

ペルティエはこの二冊を読み、アルキンボウルディ作品の素晴らしさを再認識する。一九八三年、二十二歳の時、彼は『ダルソンバール』の翻訳に着手した。誰かに依頼されたというわけではなかった。当時のフランスに、風変わりな名前を持ったドイツ人作家の本を出版しようと思う奇特な出版社があったはずはなかった。その翻訳は、基本的に彼の純粋な情熱に端を発したものであり、彼はその作業が楽しくてしかたがなかった。一方でまた、翻訳したものをアルキンボウルディ作品の研究とあわせて論文に仕上げ、いずれは博士論文への足がかりにできればという思いもあった。

一九八四年に彼は翻訳の最終稿を仕上げた。あるパリの出版社が、要領を得ない矛盾だらけの審査の後、最終的に原稿を受け取ってくれ、アルキンボウルディの小説のフランス語翻訳版が世に出ることになった。その翻訳小説は売れてもせいぜい千部ほどだろうと当初から考えられていたが、二、三の好意的な、あふれんばかりの賛辞さえ含んだ書評のおかげで初版三千部が完売し、結局は第四刷まで刷られることになった。

この頃までには、ペルティエはこのドイツ人作家の著作を一五冊読み、さらに二冊を翻訳し、その結果フランスにおけるベノ・フォン・アルキンボウルディ研究の第一人者としての地位をほぼ不動のものにしていた。
謎の作家アルキンボウルディの著作を探し求める青年ペルティエの姿と、古本屋の棚に目を走らせる自分の姿とが次第に重なっていく。両者の間にいかほどの違いもありはしないだろう。古本に魅了された人の多くも同じ姿を彼に見出すはずである。

◆牛歩的『2666』読破メーター:562頁
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by anglophile | 2009-11-19 02:10 | 読書 | Comments(0)
2009年 11月 11日
『2666』進捗状況
現在読破中のロベルト・ボラーニョ『2666』がやっと半分を超えた。とはいえ、残りはまだ450頁あるわけだが。数頁しか読めない日もあったりで、遅読もいいところ。日々の雑文の最後に、わざわざ「読破メーター」なるものをつけ始めたのは、自分で自分を鼓舞するためである。今年中に読了できれば御の字といったところだろうか。

さて、数日前に5つあるパートのうちのパート4に取りかかった。このパートの副題はThe Part about the Crimes(「犯罪事件に関する話」)となっており、そのことからも分かるように、パート4では冒頭からメキシコのサンタテレサという町で次々に起こる女性を狙った殺人事件について新聞記事風に描写されていく。と同時に、合間合間に事件の捜査に関わる刑事や警官らの日常生活が描かれる。ここまで100頁ほど読み進んだが、被害者の女性も含めあまりにも多くの人物が出てくるので、「人物相関図」を作り始めることにした。むかし、ピンチョンの『V.』を読んだときも同じものを作ったことを思い出す。
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B5のコピー用紙にチマチマと書き始めたが、すぐにいっぱいになってしまった。このパートはまだ200頁ほど残っているのだが、はたして何枚必要になることやら。ちなみに、この作業のおかげか知らないが、スペイン語の名前(アルファベットの綴り)にはかなり詳しくなりました(笑)。

◆『2666』読破メーター:463頁
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by anglophile | 2009-11-11 19:31 | 読書 | Comments(0)
2009年 10月 06日
ロベルト・ボラーニョからトマス・ピンチョンへ
今日は平日なので、どこにも寄ら[れ]ず帰宅。ということで、数週間前から読んでいる小説のことにでも触れてみようか。

・Roberto Bolaño, "2666" (Picador, 2009)

これは原書で約900ページの超長編と言ってよい。著者のロベルト・ボラーニョはチリ人作家で、2003年に50歳で亡くなっている。日本語でも1冊(?)翻訳が出ている作家のようだ。私はこの作家のことはまったく知らなかったのだが、ビンゴーさんという方のブログで知った。なんでも昨年のベストセラーだったらしい。

この『2666』は、2004年(死後出版?)にスペイン語で出版され、英訳版は昨年出ている。まだ邦訳はなく、私が読んでいるのは先月出たペーパーバック英訳版である。本編は5つの章に分かれており、今第2章に入って少しペースが落ちてしまった。4人の主人公が、謎のドイツ人作家Benno von Archimboldiを探し求めるというミステリー(?)仕立ての設定である。私好みの設定で第1章は非常に面白かった。第2章以降どうなるのか?

ところで、「謎の作家」ですぐ思い出すのが、トマス・ピンチョンである。今年、新作が出たようだ。前作から時間がそう経ってないのがピンチョンらしくない(笑)。と思ったら、400頁ほどの、ピンチョンとしては比較的短めの作品らしい。ピンチョンは昔『競売ナンバー49の叫び』と『V.』を読んだ。英語がかなり難しいので、原書で読むのは骨が折れた。それ以降の作品は、原書で購入しているが、いかんせんハードルが高すぎて放り出したままである。

ピンチョンといえば、新潮社が「トマス・ピンチョン コンプリート・コレクション」というのを企画しているらしい。季刊誌『考える人 2008年春号』にその宣伝が掲載されている。『ヴァインランド』以外の6作品はすべて新訳になるそうで、相当気合いが入っているらしい。しかし、この号には「2009年春刊行開始!」とあるが、果たして刊行は開始されたのだろうか?新潮社のHPを見てみたが、よく分からない。ついでに書いておくが、河出書房が企画中のロレンス・ダレルの『アヴィニョン五重奏』もすでに刊行予定が大幅に遅れている。まあ、「予定は未定」ということなのだろうか。

2666

Roberto Bolano / Picador

現在、読破中!

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by anglophile | 2009-10-06 01:02 | 読書 | Comments(0)