2009年 10月 23日
アニタ・ブルックナー
昨日は平日であったが、ちょっと外に出る用事があったので、100円ショップ内の古本屋へ寄った。文庫本の棚は前回からほとんど変わっていなかったが、単行本を何冊か拾ってみた。

・宮脇俊三 『殺意の風景』 (新潮社)
・津島佑子 『小説のなかの風景』 (中央公論社)
・多田幸蔵 『解釈の決め手 英文研究法』 (洛陽社)
・アニタ・ブルックナー 『英国の友人』 (小野寺健訳、晶文社)
・『The Best of Saki』 (Picador Books)

この店は、たまに洋書が登場するのが面白いところ。サキはまったく読んだことがないけど、洋書なので買っておく。Picadorはイギリスのマクミラン社系列のペーパーバック専門の出版社。Penguin Booksほどではないだろうが、けっこうメジャーな作家の作品を出版していたはず。そういえば、現在読破中の『2666』もPicadorだった。

アニタ・ブルックナーの本は、先日も触れた小野寺健先生の訳書の1つである。晶文社の『ブルックナー・コレクション』として90年代を中心に7冊だったか刊行されている。ブルックナーが日本で読まれるようになったのは小野寺先生の翻訳のおかげであるといってよいだろう。ブルックナーは1984年に『秋のホテル』でブッカー賞を受賞したイギリスの作家で、毎年のように小説を発表し続けている。一時期、原書で追っかけてみようと思ったりしたが、刊行ペースが速くて追いつきそうにないので断念したことがあった。数えてみると、25冊ほどの小説があるようだ。やっぱりしばらくはムリそうだ。

ブルックナーをじっくり読める日々がいつか来ればなあ、などと感傷的になったりした一日であった。

英国の友人 (ブルックナー・コレクション)

アニータ ブルックナー / 晶文社

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◆『2666』読破メーター:277頁
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# by anglophile | 2009-10-23 14:23 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 19日
『岩波文庫分類總目録』
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しばらく前に入手した「昭和十年五月現在」の岩波文庫目録である。山本善行さんや岡崎武志さんの影響で、目録にまで手が伸びるようになった。けっこう古いものであるが、お二人にはかなわない。山本さんの『関西古本赤貧道』には昭和四年の目録の、『少々自慢 この一冊』(EDI叢書)には岡崎さんの所有する昭和五年の目録の書影が載っている。

岡崎さんの文章によると、昭和五年版は「一ページに六点で、本文四十二ページ、全部で訳二百五十点」だそうだ。昭和十年版は「1ページに5点、本文82ページ」です。5年間で2倍弱の刊行数になったことが分かる。パラパラめくっていたら、面白い記述があったので引いておく。「ヂ」ェイムズ・「ヂ」ョイスの『ユリシーズ』である。

現代世界文學に於けるヂェイムズ・ヂョイスの位置は正に太陽のそれである。ヂョイスなくして恐らく二十世紀文學の太陽系は存在し得なかつたであらう。そしてヂョイスの今日をあらしめたものは実に『ユリシイズ』一篇である。ダブリンの一平凡人ブルームが一日二十四時間以内に経験した外面的並びに内面的生活を精細に記録することに依つて作者は比類ない人類の叙事詩を構成した。フロイト=ユングの洗禮を受けた現代人は無意識の世界にまで掘り下げた『ユリシイズ』の如き小説に於てでなくては人生の眞の全部は把握し得ないであらう。異常な頭脳と感覚を持てるヂョイスは人間の感じ得る最大限を感じ、人間性の堪え得る最大限の冷厳なる理智を以て之を表現した。而してその表現に使用したテクニークは過去のあらゆる文學的方法の一大綜合であり且つ新しい大胆な実験でもあつた。小説の革命。その影響は全世界に及び、日本の文壇にも新心理主義となつて現はれた。然し日本に於けるヂョイスへの理解は、恐らくそのテキストの難関の故に、全的とは言ひ難い。今『ユリシーズ』の全訳を世に送る所以はここにある。
昭和十年は1935年であり、ユリシーズの出版(1922年)から13年間で、「ヂョイスなくして恐らく二十世紀文學の太陽系は存在し得なかつたであらう」と断言しているところがすごいというか、大胆というか。まだ残り65年もあるというのに(笑)。とはいえ、伊藤整らがその数年前(1931~33年)に『ユリシイズ』として邦訳を出しているので、その評価はすでに固まっていたと考えることもできるかもしれない。

この目録の解説でもう1つ興味深いのは、作品名を最初は『ユリシイズ』と記しているが、最後に『ユリシーズ』と言っている点だ。これが単なる不注意による記述なら笑って済ませるところだが、もしかしたら伊藤整らの『ユリシイズ』に対抗する野心から、新たに『ユリシーズ』という邦題を採用したのであれば、凄まじい気概と言えるかもしれない。当時の翻訳事情はよく知らないが、そう考える方が面白いことだけは確かだろう。
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# by anglophile | 2009-10-19 21:14 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 18日
イーヴリン・ウォーとペンギン・ブックス
イーヴリン・ウォーと言えば、今年の初めにBrideshead Revisitedの邦訳『回想のブライズヘッド (上)(下)』(岩波文庫)が出たのが思い出される。吉田健一訳(『青春のブライヅヘッド』)が一般に有名だと思われるが、この岩波文庫版の訳者は小野寺健氏である。実は、私は大学4年のころに1年間この小野寺先生のの講義を受けたことがあったのである。イーヴリン・ウォーという作家の名前もこの授業で知ったのだった。先生はもうかなりのご高齢になられているはずであるが、今もお元気で翻訳活動をされているのだなあと嬉しく思った次第だ。今では、あのころが懐かしくてしかたがない。

さて、ウォーの『ブライズヘッド』だが、私は古いペンギン・ブックス版も持っている。それは学生時代にたしか買ったものだった。で、そのカバー・デザインがたまらなく好きなのである。それがこれである。
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この色調や文字のデザインが独特である。裏表紙には、Cover design by Peter Bentley と記されている。いろいろ調べるなかで、ある記事によってこのBentleyについていくつかのことが分かった。

・Peter Bentleyは、Bentley/Farrell/Burnettというデザイナー・グループのメンバーであるらしいこと。
・どうやらこのパステル調のカバー・デザインは、もともとシェイクスピアの作品のカバーに使われる予定だったらしいこと。
・たまたま使われずに残っていたものを早く処分したいという印刷所の希望で、急遽イーヴリン・ウォーの新しいペンギン・シリーズに使われることになったこと。
・このカバー・デザインの企画を請け負ったDavid Pelhamという人物が、Bentleyらのグループに最終デザインを依頼した。Pelhamの希望は「アール・デコ調の建物のみ(?)を描いた絵」だったらしいが、Bentleyらはそれを無視し、人物もそこに含めてしまったらしいこと。
・このカバーは世間的には好評だったが、Pelham自身はそのことをあまりおもしろく感じていなかったらしいこと。

他にもいろいろと細かい当時の事情があったらしいが、大体は以上のようなことらしい。手元にある『ブライズヘッド』の巻末には、他に13か14作品ほどBentelyによるウォーのカバー・デザインがあるらしいことが分かる。ということで、ネットで調べてみると、それらを紹介しているサイトがありました。
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揃いも揃って13冊。これだけ見せられると羨望を覚えてしまう。ちなみに、このほかに、Vile BodiesThe Diaries of Evelyn Waughがあるようだが、この方のコレクションにはないようだ。これらにもBentleyの絵は使われているのかどうなのか知りたいところである。この方はペンギンのペーパーバックを主に集めおられるようで、しかもものすごい冊数のペンギンを蒐集されているようだ。(興味を持たれた方は、「その他のリンク」から見に行くことができます)私の『ブライズヘッド』は1981年出版となっている。これらのBentleyシリーズは、1970年代末から1980年代前半までに限られるのではないか。現在のペンギンはデザインも違うし、紙質もまったく変わったものになっており、この時代の面影はまったく感じられないのが少し寂しい気もする。

最近は日本の文庫本ばかり追いかけているが、こういうサイトを見てしまうと、ペーパーバック(特にペンギン)もやっぱりいいなあと思う。自分の蒐集魂に火がついてしまいそうだが、洋書を日本で集めることには限界があるので、今はどうにもできない。ぐっとガマンするしかないが、一方でイギリスに行きたいという思いが募るばかりである。
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# by anglophile | 2009-10-18 20:01 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 17日
宮沢賢治から未来少年コナンへ   
今日は、とある学園祭に足を運び、そこの古本市を覗いてきた。以下の5冊を拾う。

・宮沢清六 『兄のトランク』 (ちくま文庫)
・『アナイス・ニンの日記』 (同上)
・風間賢二編 『ヴィクトリア朝妖精物語』 (同上)
・アントニイ・バージェス 『どこまで行けばお茶の時間』 (サンリオSF文庫)
・夏目漱石他 『文豪ミステリー傑作選』 (河出文庫)

すべて50円。学園祭ならではというところか。サンリオ文庫があったのには驚いた。バージェスの作品はずっと昔に『アントニイ・バージェス選集』というのが出ていたが、古本屋ではあまり見かけない。サンリオ文庫からも何冊か出ているが、現在は入手が困難だろう。どこか他の出版社から復刊ということはないのだろうか。

さて、宮沢賢治の実弟宮沢清六の『兄のトランク』をパラパラめくっていたら、入沢康夫が「解説」で次のようなことを書いている。

また、これは、校本全集の作業が終わって新修全集にとりかかっていた頃だったかと思うが、「NHKでやっている『未来少年コナン』はなかなかのものですよ」と言われたときには、すでに私自身もひそかな---というのは、いい歳をしてという自嘲の気持も多少あってのことだったが---その未来冒険活劇純愛アニメの愛視聴者だっただけに、同好の長上を発見した思いに、とても嬉しかったものである。
ここで突然『未来少年コナン』が出てきたのが意外でもあったが、でもよく考えてみれば『コナン』のあの空想活劇的要素はたしかに宮沢賢治の創造した世界にも通ずるものがあるなあと感じ入ってしまった。ちなみに、今の若者たちは「コナン」と聞けば、おそらく『名探偵コナン』を連想するだろうが、私たちの世代、または少なくとも私にとっての「コナン」は、まごうかたなき『未来少年コナン』なのである。放映当時、小学校低学年だった私の日常生活が、一時期、『未来少年コナン』化していたことが懐かしく思い出される。
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# by anglophile | 2009-10-17 18:35 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 16日
『全集・現代文学の発見』
先日、某オークションで、前々からほしいと思っていた文学全集を落札した。

・『全集・現代文学の発見 全16巻・別巻1冊』(學藝書林、昭和51年)

17冊で3000円だったのがうれしい。品物が届いてみると、さすがに函は日やけしてはいるものの、中の本体はほぼ未読状態できれいだった。粟津潔のサイケデリック(?)な装幀のカバーもなかなかいい。

昭和42~44年にかけて刊行され、今回私が入手したのは昭和51年に「愛蔵版」として再発売されたものである。さらに調べてみると、平成16年に「新装版」としてさらに再発売されている。この「新装版」の装幀は、「愛蔵版」のものとまったく違うものになっているが、内容はまったく同じなようだ。また、責任編集は、大岡昇平、平野謙、佐々木基一、埴谷雄高、花田清輝の5人である。

『現代文学の発見』という全集のタイトル自体が非常に興味深いが、それぞれの巻にもタイトルが付けられている。

①最初の衝撃   ②方法の実験   ③革命と転向   ④政治と文学
⑤日常のなかの危機   ⑥黒いユーモア   ⑦存在の探求(上)
⑧存在の探求(下)   ⑨性の追求   ⑩証言としての文学
⑪日本的なるものをめぐって   ⑫歴史への視点   ⑬言語空間の探検
⑭青春の屈折(上)   ⑮青春の屈折(下)   ⑯物語の饗宴  
別巻・孤独のたたかい

当時の世相も少なからずこれらのタイトルのいくつかに反映させられているように思える。

もう1つ興味深い特徴がある。例えば、第13巻の「言語空間の探検」(これは詩・短歌・俳句のアンソロジー)には51人の詩人・歌人・俳人の代表作が収められているのだが、各詩人のプロフィールのいくつかが詩人自身の手で書かれていたりする。プロフィールだけなら特筆することはないのだが、さらにそのいくつかには自身の文学観のようなものが綴られているのがおもしろい。印象的なものをいくつか挙げてみる。

・『詩』とは詩人という無用な人間が、無用なことをライスカレーのごとく魅力的に書いたものである。(北園克衛)
・文学としての詩的業蹟の甚だしく薄いのは遙かな抱負と才の欠除とを同時に示すとみずから思い、すべては未完と不可能を出ぬことを身上とする。(瀧口修造)
・詩的冗談こそ詩が描く王宮である。(藤富保男)

なかなかおもしろい編集のしかただと思う。

(追記)
この全集に関する面白い記事があるのを忘れていた。興味のある方はぜひこちらもどうぞ。
石田 友三 「二つのアンソロジー」
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# by anglophile | 2009-10-16 18:02 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 11日
古本ソムリエとの出会い   
11月号の『中央公論』に、古本ソムリエこと山本善行さんの「善行堂」開業に至るまでを綴った文章が載っている。私が「古本の道」に足を踏み入れるきっかけとなったのが、この山本さんの文章だった。あれは今からちょうど2年前。同じ『中央公論』(2007年10月号)に、京都の古本屋巡りを紹介する山本さんの記事が載った。一読し、その「道」に魅了された。そこから『関西赤貧古本道』『古本泣き笑い日記』と進み、そしてブログ「古本ソムリエの日記」に辿り着いたのだった。ブックオフで100円、200円にこだわることも山本さんから教わった(と勝手に思っている)。また、上林暁、尾崎一雄、小沼丹、野呂邦暢といった固有名詞を知ったのも山本さんの著作を通じてだった。

あのときは、10月の連休を利用して、矢も楯もたまらず京都に行ったのだった。『中央公論』片手に京都の街を歩き回り、充実した時間を過ごしたことが懐かしく思い出される。あのときの『中央公論』はところどころページがめくり上がったり、折れたりしているが、今も大切に取ってある。

去年、今年と「下鴨納涼古本まつり」にも参加した。今年は開店して間もない「善行堂」にも寄ろうと思ったのだが、タイミングが合わなくてそれがかなわなかった。『中央公論』にも店内を写した写真が載っている。清潔感あふれる店内である。いつか行ってみたいものだ。

中央公論 2009年 11月号 [雑誌]

中央公論新社

関西赤貧古本道 (新潮新書)

山本 善行 / 新潮社

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# by anglophile | 2009-10-11 22:48 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 11日
高橋源一郎からスーザン・ソンタグへ
今日はブックオフに寄ったが、さほど棚に変化はなかったようだった。1冊だけ、仕事用で参考にする英語の受験参考書を105円で買うに止まった。

さて、ここ数日の読書は『2666』をなんとか読み継いではいる。やっと200ページを超えたところ。読み終わるのはいつになるのやら。

別に1冊、久しぶりに新刊を購入。

・高橋源一郎 『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 (朝日新聞出版、2009年)

これは、高橋が2005年から明治学院大学で行っている講義がもとになっている。書名にある「名文」という言葉がカギ括弧付きになっているところが、この本の性格をよく表しているかもしれない。これがかなり面白い。高橋の小説はほとんど読んだことがないが、とにかくこの人はやっぱりすごいと思わせる内容である。こんな授業をしてみたいとも思うし、明治学院大学の学生が羨ましくってしかたがない。

冒頭に引用されているスーザン・ソンタグの「遺言」であるらしい文章に心打たれた。それは、「若い読者へのアドバイス」という言葉で始まっている。

この社会では商業が支配的な活動に、金儲けが支配的な基準になっています。商業に対抗する、あるいは商業を意に介さない思想と実践的な行動のための場所を維持するようにしてください。みずから欲するなら、私たちひとりひとりは、小さなかたちではあれ、この社会の浅薄で心が欠如したものごとに対して拮抗する力になることができます。(10頁)
まさに自分のことかもしれないなあ、と思ってしまった。商業主義に絡め取られてしまっている自分...

これの原文も読みたくなって探してみたが、まだ見つからない。おそらく何かのエッセイ集に入っているはずだと思うのだが。ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示お願い致します。

上に引いた日本語訳はややぎこちないとも言えるし、まあソンタグの英文ならこれくらいの「硬さ」があってもいいのかもしれないとも思う。ソンタグの著作は初期のものを原文でむかしいくつか読んだりした。それらは、彼女にしか書けない独特の文体で書かれている。そんなに難しい言葉は使われていないはずなのに、理解するのが容易ではない文章。それは「分かりにくい」というよりも、ソンタグの思考(知性)の深さに関係しているのだと思う。多分、「英語ができる」だけでは絶対に書けないような文章なのだ。

13日間で「名文」を書けるようになる方法

高橋源一郎 / 朝日新聞出版

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# by anglophile | 2009-10-11 01:54 | 読書 | Comments(2)
2009年 10月 06日
ロベルト・ボラーニョからトマス・ピンチョンへ
今日は平日なので、どこにも寄ら[れ]ず帰宅。ということで、数週間前から読んでいる小説のことにでも触れてみようか。

・Roberto Bolaño, "2666" (Picador, 2009)

これは原書で約900ページの超長編と言ってよい。著者のロベルト・ボラーニョはチリ人作家で、2003年に50歳で亡くなっている。日本語でも1冊(?)翻訳が出ている作家のようだ。私はこの作家のことはまったく知らなかったのだが、ビンゴーさんという方のブログで知った。なんでも昨年のベストセラーだったらしい。

この『2666』は、2004年(死後出版?)にスペイン語で出版され、英訳版は昨年出ている。まだ邦訳はなく、私が読んでいるのは先月出たペーパーバック英訳版である。本編は5つの章に分かれており、今第2章に入って少しペースが落ちてしまった。4人の主人公が、謎のドイツ人作家Benno von Archimboldiを探し求めるというミステリー(?)仕立ての設定である。私好みの設定で第1章は非常に面白かった。第2章以降どうなるのか?

ところで、「謎の作家」ですぐ思い出すのが、トマス・ピンチョンである。今年、新作が出たようだ。前作から時間がそう経ってないのがピンチョンらしくない(笑)。と思ったら、400頁ほどの、ピンチョンとしては比較的短めの作品らしい。ピンチョンは昔『競売ナンバー49の叫び』と『V.』を読んだ。英語がかなり難しいので、原書で読むのは骨が折れた。それ以降の作品は、原書で購入しているが、いかんせんハードルが高すぎて放り出したままである。

ピンチョンといえば、新潮社が「トマス・ピンチョン コンプリート・コレクション」というのを企画しているらしい。季刊誌『考える人 2008年春号』にその宣伝が掲載されている。『ヴァインランド』以外の6作品はすべて新訳になるそうで、相当気合いが入っているらしい。しかし、この号には「2009年春刊行開始!」とあるが、果たして刊行は開始されたのだろうか?新潮社のHPを見てみたが、よく分からない。ついでに書いておくが、河出書房が企画中のロレンス・ダレルの『アヴィニョン五重奏』もすでに刊行予定が大幅に遅れている。まあ、「予定は未定」ということなのだろうか。

2666

Roberto Bolano / Picador

現在、読破中!

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# by anglophile | 2009-10-06 01:02 | 読書 | Comments(0)
2009年 10月 04日
今日も100円均一にて
今日はブックオフではなく、地元のスーパーにある100円均一に行く。ここはいわゆる「100円ショップ」なのだが、そこの一角に古本屋が文庫本中心に100円均一をやっている。たまに行くと、それなりに満足行く買い物ができる。今日買ったのは、以下の11冊。

・石川淳   『狂風記 (上)(下)』 (集英社文庫)
・大岡昇平 『靴の話 大岡昇平戦争小説集』 (同上)
・大岡昇平 『中原中也』 (講談社文芸文庫)
・梅崎春生 『桜島/日の果て/幻化』 (同上)
・開高健   『白いページ Ⅱ』 (角川文庫)
・泉鏡花   『婦系図』 (新潮文庫)
・野坂昭如 『野坂昭如雑文の目 Ⅰ』 (ケイブンシャ文庫)
・山本夏彦 『「戦前」という時代』 (文春文庫)
・『新潮文庫解説目録-’78』
・『新潮文庫解説目録-’79』

『中原中也』は前々から読みたいと思っていた本で、まさか100円で拾えるとは思わなかった。梅崎春生に関しては、昨年新潮文庫から改版新刊で『桜島/日の果て』が出ており、町田康が解説を書いていたので買ったが、文芸文庫なのでもちろん買う。開高の『白いページ』は3分冊のうちの1冊。8月に光文社文庫から『白いページ―開高健エッセイ選集』というのが出たばかり。新潮文庫の解説目録は、「均一小僧」こと岡崎武志さんにあやかってなんとなく買ってみた。30年前のものだから、それなりに価値はあるだろう。

このあと帰りに金沢文圃閣の前を通ると、開いていた!開店日は土曜日ではなかったっけ?もちろん寄る。入り口の100円均一コーナーに緑の岩波文庫が積まれていた。線引きがあるものが多く、あまり食指が動かなかったが、線引きのない次の2冊を購入。

・永井荷風 『雨瀟瀟・雪解 他七編』 (岩波文庫)
・安岡章太郎 『良友・悪友』 (新潮文庫)

荷風の短篇「雨瀟瀟」は、以前、『文士の意地-車谷長吉撰短篇小説輯』に収められていて読んだのだった。この岩波文庫版は現在絶版だろうか?安岡章太郎の文庫は現在収集中である。この『良友・悪友』は初版(昭和48年)で、帯が付いていた。この時代の新潮文庫の帯を見るのは初めてだったが、デザインがシンプルでなかなか佳い。時代を感じさせる、といえばよいだろうか。

今日も満足の行く一日であった。
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# by anglophile | 2009-10-04 21:09 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 03日
白洲正子
土曜日のブックオフ。今日は、105円本がすべて50円の日だった。

・白洲正子 『行雲抄』、『風花抄』 (世界文化社)
・白洲正子 『美しくなるにつれて若くなる』 (ランティエ叢書)
・高島俊男 『お言葉ですが・・・』 (文春文庫)
・丸谷才一編 『探偵たちよ スパイたちよ』 (文春文庫)
・『ちくま文学の森 7 恐ろしい話』 (筑摩書房)

これで300円、悪くない。6冊のうち3冊が白洲正子だったのが不思議な感じ。あとの2冊はアンソロジーである。アンソロジーものは買うようにしている。こつこつ集めるのが楽しみである。集英社文庫の「日本名作シリーズ 日本ペンクラブ編」などは集め甲斐がありますね。
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# by anglophile | 2009-10-03 21:14 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 02日
とある平日のブックオフ
私は平日ブックオフに行くことはほとんどない。職場からの帰り道にあるのならば寄ることもできようが、ないのでしかたがない。しかし、先日諸般の事情で夜のブックオフに寄ることができた。平日の夜というこもあり客はあまり多くなかった。いつも通り、文庫本105円コーナーを見ていくと、珍しく内田百閒の旺文社文庫が4冊も並んでいて驚いた。

・『続百鬼園随筆』
・『阿房列車』
・『第二阿房列車』
・『第三阿房列車』

これらを手にして、早速レジに向かって勘定を済ませた。帰ろうとして、レジ前に置いてある赤い移動棚を見てみると、これまた珍しく講談社文芸文庫数冊、岩波現代文庫数冊、ちくま学芸文庫たくさん、が目に入った。おそらく誰かがまとめて売り払ったのだと思う。思わず棚の裏表すべてにざっと目を通して今後の計画を練った。

今後の計画というのは、これらの文庫が105円棚に行くことはまずありえず、値段はどれも600~700円とまあ元の値段を考えれば安いは安いのだが、まさかその値段で買うわけにも行かない。この店舗では、週末に文庫本2冊で400円(1冊200円)というセールをよくやることがあるので、それまで待つことにした。数日後の土曜日に再び行ってみると、案の定この夜に見た文庫本たちが新しく陳列されていた。足早にそれらをすべて抜き取り、まんまと1冊200円で購入することができた。そのときの釣果は以下の通り。

<講談社文芸文庫>
・井上靖    『本覚坊遺文』
・加能作次郎 『世の中へ/乳の匂い』
・吉田健一   『文学概論』
・高村光太郎 『ロダンの言葉』
・佐多稲子  『樹影』
・富岡多恵子 『波うつ土地/芻狗』
・加賀乙彦   『錨のない船』(上・中・下)

<岩波現代文庫>
・菅野昭正 『永井荷風巡歴』
・川本三郎 『荷風好日』

<その他>
・サマセット・モーム 『アシェンデン』 (岩波文庫)
・宮城まり子 『淳之介さんのこと』 (文春文庫)
・安岡章太郎 『父の酒』 (同上)

このとき特に欲しかったのは、今年出た井上靖『本覚坊遺文』とモーム『アシェンデン』だった。また、加能作次郎はすでに持ってはいたが、いきおいで買ってしまった次第だ。これはご当地ならではだと思う。

古本名人の方々にとっては、ことさら記すほどの出来事ではないかもしれないが、私にとっては「大漁」と言える1週間だったのでした。幸せ、幸せ。
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# by anglophile | 2009-10-02 16:16 | 古本 | Comments(0)
2009年 10月 02日
古本日誌プロローグ
数年前から古本名人の方々のブログ・書物に刺激を受け、古本漁りに興じるようになりました。地方に住んでいますので、古本環境はあまり恵まれているとは言えません。主に週末のブックオフ巡りが活動の中心となっています。たまにヤフオクなどでも散財しております。このブログでは、その釣果について綴っていきたいと思っています。
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# by anglophile | 2009-10-02 02:30 | 古本 | Comments(0)