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2011年 10月 30日
第12回一箱古本市@源法院
今年最後の一箱古本市@源法院の日。狙いすましたように朝から雨が降っていたぞよ。小雨ではあったけれども。ということで、予想通り、本堂内での開催となった。5月も雨で本堂内開催だったが、あのときよりもお客さんの入りはあったような気がする。自分の箱はだいぶネタ切れになってきていたので、これまでに出した本をかなり再利用することになった。案の定、売り上げはそれほどでもなく、まあしかたなかったかなといった感じ。でも、それ以上に、出店者の皆さんの箱を見て回ったり、いろんな話ができたことがたのしかった。時間の経つのが早かった気がする。あまり売れなくても、そういう愉しみがあるのが一箱古本市のいいところなのであった。

私の箱①。
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お客さんはけっこう入っていた。手前は、項垂れる小学5年生。そういえば、キツネの本を持ってくるのを忘れたのだった。山村修のほうではない。
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私の箱②。
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私の箱周辺。向こうにYondaが見える。ほしい。
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突然ブレーカーが落ちて室内灯が消えた。闇の向こうに光が見える。
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本堂内にある本棚。源法院の所有者の方の本棚だろう。宗教関係の本が多かったが、それだけにとどまらず様々なジャンルの本が収まっていて、ひととき出店者の話題を独占していた。奥の段に、『立原道造全集』や『石川淳選集』などがたしかにあった。
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<売れた本>
・松浦弥太郎 『いつもの毎日。』 (KKベストセラーズ)
・中井英夫 『人外境通信』 (講談社文庫)
・内澤旬子 『身体のいいなり』 (朝日新聞出版)
・内澤旬子 『センセイの書斎』 (河出文庫)
・ジェイン・オースティン 『高慢と偏見』 (河出文庫)
・豊田徹也 『アンダーカレント』 (講談社)
・四方田犬彦 『黄犬本』 (扶桑社)
・藤澤清造 『根津権現裏』 (新潮文庫)
・種村季弘編 『泉鏡花集成 5』 (ちくま文庫)

<買った本>
・臼田捷治 『装幀列伝―本を設計する仕事人たち』 (平凡社新書) ¥200
・伊藤計劃 『ハーモニー』 (ハヤカワ文庫) ¥100
・サンティアーゴ・パハーレス 『螺旋』 (ヴィレッジブックス) ¥600
・武田花 『猫・陽のあたる場所』 (現代書館) ¥700
・吉本ばなな 『吉本ばななインタビュー集』 (リトルモア) ¥300

***

終了後、18時から「納会」が開かれた。今年最後の一箱古本市反省会だったので、参加させていただいた。夜の部に出るのは初めてだったが、楽しいひとときがすごせました。場所は、「町屋塾」というお店。徳田秋声記念館からそう遠くないはず。ヨガ教室なども開かれているそうだ。野菜中心のヘルシーな料理をいただきながら、参加者の自己紹介に耳を傾けた。私もなにかしゃべったかもしれない。

さて、このときの目玉企画が、実行委員の方々が計画された「一箱セリ市」。これは、大いに盛り上がった。私も含めてほとんどの方がこういうオークション形式の競り市ははじめての様子だった。なかなか体験できないエキサイティングな時間で、写真を撮るのをすっかり忘れてしまった。

形式は、希望者が一箱古本市に出した本以外の品を3点まで出品し、その他の方々が希望の金額を言っていくというもの。司会者が値段を3回繰り返すあいだに次の値段の声がかからなければ、そこで終了となる。司会はあうん堂さんがされた。実際の競り市は、もっと進行が早いんですよ、とおっしゃっていたが、十分スリリングに感じられた。

出品者は私を入れて10名で、皆さん、こだわりの一品を出されていたようだった。私の方は、マンチェスター・ユナイテッドの歴史を綴ったビジュアル本、ピンチョンの枕のようなハードカバー、尾崎一雄の本という、本という以外はなんら共通性のない品を出すことに。正直、どんな本を出していいのかまったく見当が付かなかったので、ためしに出してみたという感じ。でも、たぶんどんなものでもよかったのだとおもう。最初の2点をそれぞれせせらぎさんと上関文庫さんに買っていただいた。どうもありがとうございました。一方、買った本は今回はなかった。出品された本はジャンルも様々で、知らない人のものが多かった。ただ、安暖亭さんが出されていた秘蔵(?)の犀星署名本には興奮したが、さすがに値段が予想のはるか上を行っていて、手が出なかった。でも、とても勉強になりました。未知なる体験、堪能しました。

いろいろと企画していただいた実行委員の皆さんにはあらためて感謝申し上げます。来年もまたよろしくお願い致します。

次回の一箱古本市は、来年3月25日となります。
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by anglophile | 2011-10-30 23:21 | 一箱古本市 | Comments(0)
2011年 10月 29日
昨日買った古本
昨日は香林坊で飲み会があったので、少し早めに行ってオヨヨ書林せせらぎ通り店をのぞいてみた。100円均一ではめぼしいものがなかったが、通常棚の方にほしい本が2冊あった。

・ハァバァト・ゴルマン 『ジョイスの文学』 (永松定訳、厚生閣) ¥1000
・野谷文昭/旦敬介編著 『ラテンアメリカ文学案内』 (冬樹社) ¥1600

『ジョイスの文学』は、「現代の芸術と批評叢書」シリーズの1冊。1932年(昭和7年)刊。原著は1924年刊。1932年といえば、ジョイスはまだ生きていて『フィネガンズ・ウェイク』を書いていた。本書にはおそらくカバーがあったのではないかと思われる。「訳者のあとがき」に、「訳文中、≪室内楽≫からの引用詩は、左川ちか女史の名訳を大体採用さして頂いた」とある。約80年前の話。

『ラテンアメリカ文学案内』は、1984年に出ていた本。執筆者を見ただけでもかなり濃そうな内容だ。あと、ページのレイアウトがとんでもないことになっている。かなり凝っている、ということもできるか。読みにくいけど、おもしろい。

さて、明日は今年最後の一箱古本市だ。今から準備をする予定。
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by anglophile | 2011-10-29 13:53 | 古本 | Comments(0)
2011年 10月 27日
Nearly as thick as a pillow
携帯がまっぷたつに割れてしまったので、スマートフォーーンを購入。試しに画像を送ってみた。
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by anglophile | 2011-10-27 21:02 | 読書 | Comments(0)
2011年 10月 26日
1Q84
夏場に活字を浴び続けたためか、最近は読書のペースが緩やかである。そんな折、Haruki Murakami の 1Q84 (Knopf, 2011) が届いた。買ったのは、日本版3巻が1冊にまとめられているアメリカのクノップ社版。一方、UK版が2冊に分けて発売されたのは不思議でしかたがない。商業的にどういうメリットがあるのだろう。訳者が2人だからというのはわかるが、それだと2冊分の金額がかかるから、1冊にまとまったアメリカ版の方が絶対にお得だとおもうのだけど。それに、900頁を超えるボリュームは何ものにも代え難い。300頁と600頁だとなんだか中途半端。根拠はないが、とにかく洋書は分厚いのがよい。枕になりそうやつが。

表は青豆。
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裏は天吾。
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パラフィン紙のようなカバーを外すとこんな感じ。青豆。
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天吾。
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by anglophile | 2011-10-26 21:59 | 読書 | Comments(0)
2011年 10月 21日
Conversations with Glenn Gould
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ちょっと前に話題にした Glenn Gould on Television (DVD10枚組+解説冊子)がアマゾンから届いた。今のところ輸入盤のみで、当然日本語の字幕はない。では、英語の字幕があるのかとおもっていたら、それもどうやらないようだ。そんなものなのか。まあ、いい。予約注文で、6千円を切る値段で入手できたんだから。1枚600円以下だなんて、なんたる贅沢! ああ、幸せ。
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今回のDVDには、グールドが出演したCBCのテレビ番組のほとんどが放映当時のまま収録されている。かなり重要な番組もその中には含まれているので貴重である。既発の『ザ・グレン・グールド・コレクション』(以下、『コレクション』)にもこれらの映像は断片的に採られていたが、完全ではなかった。特に、グールドが演奏前、または終わったあとにする曲の解説がほとんどカットされているのが残念だったが、今回ようやくその部分も見れるようになってありがたいかぎりである。さっそくワクワクしながら、興味のあるものから見てみた。以下、いくつか感想を述べておこう。

<DVD3> The Anatomy of the Fugue (邦題『フーガの解剖』、1963年放送)
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1992、3年頃だったが、浅田彰の司会によるグールドの特集番組がNHKで放送された。ちょうど没後10周年ということで組まれた番組だったろうとおもう。この特集で、『フーガの解剖』という少し古めの番組からいくつかのシーンが引用されていたが、一番興味を惹いたのは、グールドが「ドレミの歌」をフーガ風に即興で弾いてみせる場面だった。即興演奏はグールドの魅力の1つであるが、正規の音源では当然のことながらほとんど聞くことができない。そのころはグールドを聞き始めてまだまもなかったのだが、こんな映像があることにびっくりもした。さらにいうと、この「ドレミの歌」のあと、フーガや対位法についての解説に続いて、「女王陛下万歳」と「星条旗よ永遠なれ」を対位法的にミックスして弾いてみせる。わずか7分ほどの導入部だが、もうすっかり圧倒されてしまったことをおぼえている。おそらく『コレクション』には、この部分は収められていなかったはずで、YouTubeなどにもアップされていない。20年前のNHKの映像は、直接グレン・グールド・アーカイヴから取り寄せた映像だったのだろうか。今回のDVDでこれらをすべて見ることができるようになり、ふと20年前に思いを馳せたりした。

ちなみに、「女王陛下万歳」と「星条旗よ永遠なれ」の演奏は、既発のCD『ゴールドベルク変奏曲 メモリアル・エディション』にオマケで収録されている1955年録音時のアウトテイク集で聞くこともできる。ずいぶん若いころにすでにこの「ネタ」は開発済みだったようだ。

<DVD4> Anthology of Variation (1964年放送)
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『4回の水曜日のためのコンサート』というシリーズの第1回目として放送されたもの。ちなみに、この第3回目にはクラウディオ・アラウも出演していたようだ。番組冒頭の紹介でそのことが予告されている。こういう瑣末な情報も丸ごと収められているところにこのボックスセットの価値がある。

さて、グールドはこのプログラムでは、スウェーリンク、バッハ、ウェーベルン、ベートーヴェンの「変奏曲」または「変奏曲に準じた曲」を披露している。2つ目のバッハでは、貴重な『ゴールドベルク』の演奏を見ることができる。さすがに全曲ではないが、グールドらしい選曲、すなわちここではアリアとそれに続く9つのカノンが演奏される。この演奏自体は『コレクション』の方で何十回と視聴したが、今回のDVD所収の番組を見て驚いたのは、なんと最後の第27変奏のあとに、短い解説を挟み、さらに第30変奏のクオドリベットも弾いていたことだ。この演奏自体は、実際のところオマケの感じで弾いているが、ファンにとってはたまらないものである。『コレクション』では完全に省かれていたのが残念なくらい。

あと、この4枚目の後半部分には、メニューインとの共演番組(Duo --- Glenn Gould & Yehudi Menuhin)も収められている。これも『コレクション』で見れるが、さすがに番組冒頭部分のグールドとメニューインが話をしながらセットに入っていくシーンまでは収録されていなかったのではなかったかとおもう。すでに熱い議論はそのときに始まっていて、グールドがメニューインに「本当はシェーンベルクはあまりお好きではないのでしょ?」と訊いているのがおもしろい。

ちなみに、DVDケース裏の作曲家名が誤記されているのでここに指摘しておく。メニューインとの共演で弾いた2曲目の『幻想曲』は、ウェーベルンではなくシェーンベルクが正しい。解説冊子の紹介では、ちゃんとシェーンベルクになっているのに。たぶん、前半の Anthology of Variation に、ウェーベルンの曲が演奏されていたので、それにつられてソニーの人が誤記してしまったのだろうとおもわれる。

<DVD5&6> Conversations with Glenn Gould (邦題『グレン・グールドとの対話』、1966年放送)
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宮澤淳一さんもあるところで書いていらっしゃるが、「今回の企画で、最も意義深いリリース」であるのは私もまったく同感である。2枚分にハンフリー・バートンとの対話がたっぷりノーカットで収められている。垂涎ものであり、正直、この2枚だけのリリースだったとしても、十分すぎるくらいの内容かもしれない。もちろん『コレクション』にも断片的に収められてはいるが、今回通して見て分かったのは、演奏が入っていない対話の部分がかなりカットされていたということだ。むしろピアノを弾いている時間の方が短いくらいなのに。よく知られているように、グールドは演奏するだけでなく、みずから語ることも好んだピアニストだった。レコードジャケットに載せるライナーノーツを全部自分で書いたことからもそのことはわかる。この2枚には、そのグールドの語りの最良の部分が収められているといっていい。ファンにとって、豊富な語彙に彩られた独自の理論の展開に耳を傾けること以上の至福はないだろう。

この2枚の対話篇の質の良さは、2人のあいだで交わされる対話の自然な雰囲気にもよっているようにおもう。「自然な雰囲気」というのは、後年ブルーノ・モンサンジョンと制作した一連の番組(2回目の『ゴールドベルク』の演奏など)におけるグールドとモンサンジョンの対話の「もっともらしさ」と比較して、バートンとの対話は非常に自然な形で進行しているという意味だ。モンサンジョンとの番組では、このフランス人が聞き手となって、グールドが曲についての解釈を披露するわけだが、そのやりとりはグールド自身が書いた台本をもとにしており、聞き手のモンサンジョンは単にグールドが用意したセリフを言う役目を担っているにすぎない。双方が何を話すかはあらかじめコントロールされている。そのもっともらしさが、逆に不自然な印象を与えてもいることは否定できないだろう。一方、このハンフリー・バートンとの番組にはおそらくそのような台本はなく、もちろん双方がそれなりに準備をしたうえでの、白熱した議論が展開される。バートンは闇雲にグールドの独自の解釈を受け入れたりはせず、しっかりとその根拠を聞き出した上で、同意できる場合は同意するのである。

さて、内容の方だが、5枚目のDVDには、バッハとベートーベンのプログラム、6枚目には、シェーンベルクとリヒャルト・シュトラウスのものが収録されている。1つめのバッハの回は、『ゴールドベルク』の第4変奏で始まり、これまた貴重な初出映像である。というか、驚いたことに、このバッハの回自体がほとんど初出映像のようである。内容は、「スタジオ録音の将来性とコンサート・ホールの不毛さ」についての議論が大半を占める。ちょうどこの時点で2年間コンサートを開いていなかったグールドは、もうコンサートを行う意志がないことも語っている。また、「バッハが私が音楽を志すきっかけになった作曲家だった」という言葉も印象深かった。6枚目のシェーンベルクとシュトラウスでは、シェーンベルクが調性音楽から無調音楽に傾いていった経緯が、バートンの巧みなナビゲーションで、グールドの口から説明される。かなり専門的な内容だが、それでも通して見てみると、20世紀前半の音楽史の一部分をかいま見た気持になれる。

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by anglophile | 2011-10-21 00:01 | 音楽 | Comments(0)
2011年 10月 12日
猿と古本
10月10日(月)、大阪から京都へ向かう。ホテルを出て、すぐに高速に乗ったまではよかったが、気がついたら奈良方面に車を走らせていたので焦った。

昼前に京都に到着し、いきなり古本というのも露骨すぎるので、嵐山に猿を見に行く。連休最終日だからか、けっこう人や車が多かった。モンキーパークには、少し山道を登って辿り着く。
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昼時だったからか、猿たちは食欲旺盛だった。
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屋根にいた猿3匹。
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眺めのいい猿山。
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猿山から降りてきてから、近くの蕎麦屋で蕎麦を喰った。気づいたら午後2時を回っていて、そろそろ帰途につかなければならなかったが、「メリーゴーランド古本市」には行っておきたい。河原町めざして、西から東へ移動。

メリーゴーランドという本屋が入っているらしい「寿ビルディング」がわからなくて河原町通りを3往復くらいする。匙を投げようかと思っていたら、見つかった。看板が外に出ていないので見つけにくかった。早速中に入ってみた。
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中はちょっと風情があり、モダンな感じがした。5階までエレベーターを使う。小さな白塗りの部屋で古本市が行われていた。けっこうお客さんが入っていた。私も入っていく。
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それぞれの出店者の方々の本が段ボール箱に入っている。だいぶ売れている箱もあり、どんな本があったのか気になってしかたがなかった。もちろんすべてではないが、グラシン紙がかけられた本が多かった気がする。大切にされているんだ、きっと。あと、「古本オコリオヤジ」さんの看板は非売品だとおもわれるが、もし売っていたら買っていただろう。なんとも愛くるしいキャラクターだ。

いろいろほしい本があったが、家族銀行から資金として手渡されたお金は二千円だったので、以下のものを買う。

・R.L.スティヴンスン 『旅は驢馬をつれて』 (みすず書房) ¥1000
・金井美恵子 『彼女(たち)について私の知っている二、三の事』 (朝日文庫) ¥200
・ツヴァイク 『イレーネ夫人の秘密 他三篇』 (角川文庫) ¥60
・ツヴァイク 『愛慾の海 他二篇』 (同上) ¥60
・リチャード・フッカー 『マッシュ』 (同上) ¥100
・『sumus 別冊: まるごと一冊中公文庫』 ¥700

ツヴァイクの角川文庫が60円! 迷わず買う。あとでチェックしてみたら、『イレーネ夫人の秘密』の方に、『チェスの話』(みすず書房)に収められている4篇のうち3篇が収められていた。なんだ、全部文庫で読めるんじゃないの。興味深いのは、題名がかなりちがうこと。

・「イレーネ夫人の秘密」(角川文庫) → 「不安」(みすず書房)
・「西洋将棋綺譚」 → 「チェスの話」
・「本屋メンデルの死」 → 「書痴メンデル」

さて、会計の方は、別部屋のメリーゴーランド店内にて行った。このメリーゴーランドに入ると、あまりにもすてきな本屋で、会計をするのを忘れて、おもわず棚に見入ってしまった。新刊がほとんどだが、金沢のふつうの新刊書店にはまず置いてないだろう品揃えで、古本棚を見ているときと同じような興奮をおぼえた。数冊ほしい本があったが、資金難につき断念した。今度来たときはきっと...
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by anglophile | 2011-10-12 20:49 | 古本県外遠征 | Comments(4)
2011年 10月 11日
大阪の古本まつり本番
10月9日(日)、天満宮? 天神さん? 天王寺? 四天王寺? 「天」が多すぎて、混乱気味。でも、気分はもう古本祭り。午前中は、まず宿泊先のホテルにより近い「天神さんの古本まつり」から攻めてみた、つもり。
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大きい会場を想定していただけに、意外にこじんまりとしていた。本堂のぐるりに15(?)ほどの店がテントを広げていた。10時開始だとおもっていたが、なんかもう始まっているよ! 5分前行動が苦手な私にはつらいところ。最初は、これといった本が見つからないが、裏の方に行ってみるとなんだかいい感じのお店がたくさんあった。ハモニカ書店にはいい本がたくさん並んでいた。ちょっと見惚れてしまった。その裏側のお店に、アントニイ・バージェス選集が各500円で4冊出ていたので一括購入。
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はずみをつけていきたいところだが、そのあとは文庫などを数冊買った程度だった。100円均一コーナーもあったが、やや枯れ気味だったか。
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結局ここでの主な買い物は以下の通り。

・アントニイ・バージェス 『その瞳は太陽に似ず』、『戦慄』、『エンダビー氏の内側』、『MF』 (早川書房)
・池谷伊佐夫 『東京古書店グラフィティ』 (東京書籍)
・足立巻一 『石の星座』 (編集工房ノア)
・十返千鶴子 『夫恋記』 (新潮社)
・古井由吉 『眉雨』 (福武文庫)

2時間ほど滞在しただろうか。ここは無料で車をとめられたのでありがたかった。

続いて、南下し、「四天王寺秋の大古本祭り」へ。こちらの方は、天神さんとちがって、会場が広く、本の量が多い。め、めまいが。
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さっそく西側のクライン文庫の「3冊500円」、「3冊1000円」の棚を見て回る。100円均一もあったが、本が多すぎて全部見て回る気力がわかない。
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単行本を買いすぎたので、いったん車に荷物を置きに行ってから、今度は文庫本を中心に見て回る。均一ではない文庫棚にも、けっこう100~200円ぐらいの買ってもいいかなあとおもう文庫もあった。

結局、ここには4時間ほどいたようだ。駐車料金が... 主な購入本は以下の通り。

・金子光晴 『詩人』 (旺文社文庫)
・W・B・イェイツ 『薔薇 イェイツ詩集』 (角川文庫)
・横溝正史 『真説金田一耕助』 (同上)
・尾崎一雄 『ペンの散歩』 (中央公論社)
・栃折久美子 『森有正先生のこと』 (筑摩書房)
・中嶋宗是 『書物随筆 本の醍醐味』 (関西市民書房)
・井上義夫 『ロレンス 存在の闇』 (小沢書店)
・エイモス・チュツオーラ 『文無し男と絶叫女と罵り男の物語』 (リブロポート)
・庄野潤三 『クロッカスの花』 (冬樹社)
・虫明亜呂無 『シャガールの馬』 (講談社)
・サリンジャー 『バナナ魚日和』 (同上)
・田村隆一 『対談集 泉を求めて』 (朝日新聞社)
・四方田犬彦 『黄犬本 papers ’89~’90』 (扶桑社)
・松尾スズキ 『老人賭博』 (文藝春秋)
・『芸術新潮 1997年3月号 特集・村山槐多の詩』 (新潮社)

ホテルに戻ったころには、もう日も落ちかけていた。はげしく消耗したが、ビールはうまかった。(つづく)
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by anglophile | 2011-10-11 23:41 | 古本県外遠征 | Comments(0)
2011年 10月 11日
大阪の古本まつり前夜
10月8日(土)早朝、金沢を出発し、一路、車で大阪へ。出張業務はこの日だけだが、せっかくなので2泊3日の家族同伴自費プランにアップグレイドしておいた。昼過ぎに到着。仕事は午後3時からで、少し時間がありそうだったので、名神の吹田で降りて、万博公園に寄った。
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かといって、それほどゆっくりもできないので、公園内には入場せず、遠くから太陽の塔を拝むだけとした。30分もいたかどうか。滞在時間が短かったので、駐車料金は発生しなかった。

そこからそのまま大阪市内に向かった。仕事の場所はたぶん難波。道に迷いながら到着。午後3時からの仕事はお決まりの会への出席というもので、退屈きわまりなく、資料をスキミングしたのち、あとはツヴァイクの「チェスの話」を読んですごした。チェスの世界王者チェントヴィッツの話に見せかけて、実質それはB博士の話だった。第二次世界大戦中、強制収容所に入れられたB博士と一冊の本との出会いは、本好きにはたまらないエピソードである。
 多分あなたは、私が早速本を取出し、眺め、読み出したものとお思いになるでしょう。とんでもない! まず私は、自分の手もとに本があるという、本物の楽しみの前の楽しみを味わいつくそうとしたのです。この盗んだ本がどんな種類の本であれば一番嬉しいかといろいろ思いめぐらす楽しみ、ことさらに引延ばされた、私の神経を驚くほど刺戟する楽しみを。何よりもできるだけ長く読めるように、非常にこまかく印刷された、薄い紙になるべく多くの文字がならんでいるものであってほしい。それから私は、それが私の精神を緊張させる作品であってほしいと願いました。浅薄なもの、軽いものではなく、学べるようなもの、暗記することができるようなものであってほしい。詩、それも—まったく虫のいい夢ですが!—ゲーテかホーマーであってくれれば一番いい。しかしとうとう私は自分の渇望を、好奇心をこれ以上抑えきれなくなりました。看守が不意に扉を開けたとしても見つけられないようにベッドの上に横になって、私はわなわな顫えながらバンドの下から本を取出しました。(『チェスの話 ツヴァイク短篇選』、198-9頁)
会終了直前に、もう得るものはないと判断し、一人会場をあとにする。ふんっ。

午後6時過ぎにホテルにチェックイン。阪急梅田駅の近くのホテルだった。夕食を食べに、かっぱ横丁へ。というか、ほんとは阪急古書のまちをのぞきたかったのだ。10年も前に2回ほど来たことがあった。10店舗ほどの古書店が構内に並んでいる。雰囲気は変わってないようにおもえた。梁山泊の100円均一から松下竜一『潮風の町』(講談社文庫)を買うことができた。(つづく)
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by anglophile | 2011-10-11 21:25 | 古本県外遠征 | Comments(0)
2011年 10月 07日
Blur, 'You're So Great'

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by anglophile | 2011-10-07 00:16 | 音楽 | Comments(0)
2011年 10月 05日
今日の105円棚!
今週になってから、ダメダメな日々を送っている。どうにも冴えない。我が日常にヴィタミンを。

・横山光輝 『史記①~⑮』 (小学館)
・水上勉 『椎の木の暦』 (中公文庫)
・鶴見俊輔ほか 『まげもの のぞき眼鏡 大衆文学の世界』 (旺文社文庫)
・シュテファン・ツヴァイク 『チェスの話 ツヴァイク短篇選』 (みすず書房)

何年も前に、『三国志』ではなくて、『史記』が読みたいとおもったことがあったが、出会うタイミングを逸して、そのままになっていた。今となってはどうして読みたかったのかがおもいだせないし、今買っても読むかわからないけど、なんとなく買って損はなさそうと判断した。『史記列伝』はなかったけどよろし。

本日の目玉は、なんで105円なのか理解に苦しむ『チェスの話』。みすず書房にはわるいが、ほぼど真ん中ストライクの本なのでもちろん買う。児玉清さんを偲んだ池内紀さんの解説の次のような一節を読んだら、少しだけ気分が上向きになった。
 「ゲルマニスト」と呼ばれる学者の卵になっていたら、児玉さんにはそのうち、わかってきただろう。日本のドイツ文学者は総じておもしろさや笑いを好まない。難解、深刻でなくては文学でないかのようで、晩年のリルケの詩をあたかも聖句のように解釈する一方で、「八歳から八十歳までの読者」をもつケストナーには手もふれない。神話を取りこんだトーマス・マンの長篇小説は「大文学」だが、同じ歴史小説でも軽妙な逸話をちりばめたヨーゼフ・ロートの『ラデツキー行進曲』はお呼びではない。こともなげにツヴァイクを「通俗」の一語で片づけて、それが児玉青年のような本好き、文学好きに、どれほどゆたかな知的鉱脈を意味していたか、思ってみようともしなかった。明敏な児玉清は、うすうすそんな「ドクブン(独文)」の体質に気がつき、市口でそっと匂いを嗅いだだけにして、さっさと踵を転じ、より自由な俳優をめざしたのではなかろうか。(234-5頁)

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by anglophile | 2011-10-05 21:50 | 古本 | Comments(0)