2012年 06月 10日
サッカーとか古本とか冷泉家とか
「古本のことしか頭になかった」ので、ユーロ2012が開幕したことを知らなかった。昨晩すぽるとを見ていたら、いきなり開幕戦のポーランド対ギリシャのダイジェストが流れ始めて、えっ!ちょ、ちょっと待った!なにそれっ、てな感じで大わらわ。あわててネットで試合日程などを確認して、ドイツ対ポルトガル戦が数時間後に始まることをつきとめた。あぶないなあ、もう少しで見逃すところだった。いちおう録画予約して午前3時を待つ。

気づいたら午前8時だった。あらら、寝てしもうた。録画予約しておいてよかった。ほんとに見逃すところだった。家族の者たちに新聞やパソコンなどをいっさい開かないようにと指示し、さっそく録画しておいたドイツ対ポルトガル戦を見ることにする。その前にデンマーク対オランダのダイジェストをやっていた。いやあ、興奮しますね、ユーロ。今夜はスペイン対イタリア、明日はイングランド対フランスと、今月発売される新刊書並みに濃い内容だ。絶対に見る! でも、念のために録画予約はしておこう。

ドイツ対ポルトガル戦を見終わってから、今日は午後から「金沢ペーパーショウ」というイベントに行ってきた。一箱古本市の実行委員の方々が古本コーナーを出されている。西部緑地公園内にある産業展示館は3号館の方で開かれているということだった。3号館がどこかわからずにあっち行ったりこっち行ったりしてようやく発見。隣のサッカー場ではツェーゲンの試合が行われているようだった。

会場に入っていくと、入り口で主催の中島商会さんから来場者に配られるクリアファイルをもらった。一箱古本市本箱隊のブースは入って右側の一角にあった。古本コーナー以外にも、紙漉体験とか子供が遊べるコーナーとかがいろいろあって楽しい雰囲気でにぎわっていたと思う。ぐるっと一周してから古本ブースへ。あうん堂さん、せせらぎさん、カルロスさんがいらっしゃり、ご挨拶申し上げる。おいしい珈琲と猫クッキーをいただきました。あうん堂さんとしばらくお話させていただいてから、本を見て回る。書道展示コーナーがあるので、書道関係の本も用意されていた。ちょっと前の雑誌(『サライ』とか『太陽』とか)もあってしばし立ち読み、座り読み。いろいろ見てから3冊買わせていただいた。

・金子國義 『アリスの画廊』 (美術出版社)
・ステーション倶楽部編 『駅-JR全線全駅 上』 (文春文庫)
・『太陽 1980年10月号 特集・藤原定家と百人一首』 (平凡社)
・ムーミンのクッキー

皆さんにご挨拶してから会場をあとにした。写真を何枚か撮ったのだが、なんとデジカメのデータがすでに一杯になっていて、撮ったはずの写真が収められていなかった。あられ~、次回への反省事項としたい。

帰ってきてから雑誌『太陽』を読む。ちょっと前に買った『芸術新潮 2009年11月号 特集・京都千年のタイムカプセル 冷泉家のひみつ』も面白く読んだのだった。この『太陽』は、1980年4月に京都・冷泉家の蔵が開かれ、藤原定家自筆の『明月記』などが発見されたことを記念したときの号。定家の書がカラー写真でたくさん紹介されていてとても楽しめる。冷泉家の長女である冷泉貴実子氏も文章を寄稿されている。この年まで高校の教員をされていたようだが、「今回の騒ぎで、いままで教鞭をとっていた高校を休職し、外部との交渉に追われている」と目次の紹介ページにある。寄稿文からは、一連の蔵騒動でかなり困惑されている様子が伝わってくる。
 今、私の部屋の真向いに「御文庫」は、親しくあるいは、気高く、見慣れた姿でいつものように存在している。その中に、当然家に伝わる文書典籍を秘めて。
 飛鳥の小山を掘ってみたら偶然彩色壁画を発見したのではない。茶畑で偶然、墓碑にいき当たったのではない。知っている人の間では、とうに存在していた家であり、蔵であり、書籍であるのである。
 (中略)
 先祖が地道に、頑固に守り伝えたこの書籍を、今、一瞬のブームに乗せてしまうことを、私は憂えている。八百余年の間には、今のように、世間の注目をあびたこともあったろう。高嶺の花だったこともあろう。又反対に、存在価値を完全に忘れられ、邪魔にされたことも、一度や二度ではなかったはずである。その波をくぐって、ひっそりと眠り続けて来た書が、私はこれからも、この家の蔵の中に、ひっそりと生き続けてくれることを願うのみである。天才も鈍才もなく、ただただ、常識的な人々であった我が祖先に、私は今深い敬意を払いたい。(84,84頁)
とはいえ、このときの報道のおかげで多くの研究者や研究所が冷泉家の文化財に関心を向けることにつながり、翌81年に財団法人冷泉家時雨亭文庫が設立されることとなった。このときのことは『芸術新潮』のインタビューで詳しく語られている。もし財団が設立されていなかったら、貴重な典籍などは莫大な相続税がかかるために売り払わなければならないというところまで行っていたという。貴実子氏は1984年にのちの冷泉為人氏(冷泉家25代目当主)と結婚することになった。『芸術新潮』には、お二人の微笑ましいツーショットが載っている。
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by anglophile | 2012-06-10 22:28 | 古本 | Comments(0)


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