2010年 09月 21日
グレアム・スウィフトのギリシャ   
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Graham Swift, Making an Elephant: Writing from Within (Picador, 2010)がアマゾンから届いた。Swift はイギリスの作家で、1996年にLast Orders (邦題『最後の注文』)でブッカー賞を受賞している。本書は、昨年出たばかりのSwift の初めてのエッセイ集。ちょっと前にアマゾンで立ち読みしたら、すごく興味をそそられ、ぺーバーバック版がちょうどこの夏発売されるということだったので注文してあったのだ。ちなみに、タイトルになっている"Making an Elephant" は、オーウェルの"Shooting an Elephant" を意識しているのだろう。同名のエッセイ(内容はSwift の父親の小伝)も収められている。

Swift の本はその昔Waterland と上のLast Orders を買ったりしたが、ついに読破できずに棚の奥。情けない話だが、こちらの英語力が乏しかったせいもあってか、どうもその作品世界に入り込めなかった。それから10年以上経ったが、この夏たまたまこの作家の短篇の1つを、すばらしい注釈書の助けを借りて読む機会があり、その巧さに今さらながら気づいたのだった。その短篇は、私の好きなWilliam Trevor の短篇に匹敵するほどの出来映えだった。でまあ、他の作品もちょっと読んでみようということで、比較的読みやすそうなこのエッセイ集を購入することになった。

小説とエッセイ集とのちがいはあるが、本書でも十分にSwift の緻密な英語(挿入句の多用が特徴的か)を堪能できる。今回は、この中に収められている"Isaac Babel: Greece, 1967" と題されたエッセイを紹介したい。これは、17歳だったSwift が高校を卒業し、ケンブリッジ大学に入学するまでの5ヶ月間(具体的には、1967年の5月から9月まで)、トルコからギリシャを旅したときのことを回想したものである。当時、ギリシャでは軍事クーデターが起こっていたようだが、そんなことはお構いなしに若きSwift は旅立った。実は、このエッセイでは、若き日の旅行記だけでなく、その旅の途中で初めて読むことになったあるロシア人作家についても論じられている。今や作家としての地位を築いたSwift が、作家以前の若き自分の姿をふり返る様子は哀切でもあり瑞々しくもある。

人は人生のあるとき、ある特定の場所、ある特定の状況で、自分だけにしか感じられないインスピレーションを感じることがある。それは特に若いころに顕著なのではないか。その啓示は、自分以外の人間にとってはさほど意味を持たないが、本人にとっては人生を左右するほどの特別な瞬間をもたらすことがある。

5ヶ月の旅も終わろうとしていた1967年9月、18歳になっていたSwift はギリシャの北にあるテサロニキにいた。本国イギリスに帰る電車が到着するまでまだ2日ほどあった。特にすることもなく、とりあえず暇をつぶさなければならなかった。旅のあいだずっと活字らしい活字を読んでいなかったことにふと気づき本屋に寄った。そのとき買ったのが、ペンギン・ブックスから出ていたIsaac Babel, Collected Stories のペーパーバックだった。Babel はスターリン時代の圧政下、失意のままに亡くなったロシアの作家だ。このエッセイの冒頭で、Swift は「影響を与えた作家」というテーマについてこう考察している。
「影響」という言葉自体が誤解を招きやすい。一般的に、この言葉は、ある作家の文章が他の作家の文章に直接影響を与え、その骨格を作ってくれるということを意味するのだろうが、しかし最も重要な影響というのはそういう意味での影響では決してない。最も重要な影響を与えてくれるのは、それとは別の種類の作家、すなわち文体上の影響を与えてくれるわけではないが、それでも書きたいという純粋な欲求に何度も火をつけてくれるような作家なのである。
Swift にとってBabel はそういう作家だった。文体上の影響というよりも、物を書きたいという気持に常に火をつけてくれる作家。Swift がBabel に親近感を感じたのは、Babel 自身が自分はなるべくしてなった作家だったとはおもっていなかったことにあるようだ。Babel にとっては書くという行為は決して楽なことではなかった。苦しみを感じながら筆を進めねばならなかった。まだ若かったSwift は作家になりたいという気持を持っていたが、一方で果たして自分が本当に作家になれるのかという不安を持っていた。
自分が作家になる唯一の方法は、意識的に自分をそう変えていくことであり、自分の中にある作家性を捻り出すことだ。努力しなければならないのだ。しかし同時に私はそうすることを恐れた。なぜなら自分の中にその作家性がないということを知ってしまう可能性があったからだ。
作家になるためにそれに見合う努力が必要だし、また努力しても作家になれるとはかぎらない。Swift はBabel がそのことを知っていたと考えていたし、その苦労を自ら実践していたBabel の姿を唯一の頼りとして、作家になるという自身の意思をかろうじて保ち続けたのだ。私が興味をひかれるのは、もしSwift がBabel を母国イギリスで読んだとすれば、果たして同じような気持になれたかどうかということである。おそらくなれなかったのではないかと私はおもう。ギリシャという異国の地で一人旅をしながら研ぎ澄まされていった若き感性がBabel の言葉ひとつひとつに反応したのだ。そういうとき人間のアンテナの感度は最高値を示すものだから。

さて、このSwift が買ったペンギン版のCollected Stories だが、実は私も持っていたのでちょっと驚いた。それがこちら。
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正確にはこの版であったかはわからない。Babel のこの本がペーパーバック版になったのは1961年で、私のは1971年に出たreprint 版である。Swift が買ったのは1967年だから最初の版のはずである。この版がどのような装幀なのかわからないが、もしかしたら単に重版として出ただけのもので、装幀も同じなのかもしれない。一方、内容の方は、Swift もエッセイ中で触れているLionel Trilling の序文があるので、同じはずである。この表紙の絵は、1920年のロシアの騎兵隊の徴兵用ポスター。鮮やかな赤がなかなかいい。

それにしても、なぜこのCollected Stories を買ったのかはおぼえていない。なんとなく買っておいたとしかいいようがないが、こんなこともあるのだなあとしばし感慨に耽った。

ところで、Swift の書斎の壁には、Babel の写真が飾られているそうだ。
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by anglophile | 2010-09-21 22:59 | 読書 | Comments(0)


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