2010年 03月 22日
馬鹿的思考
穂村弘『本当はちがうんだ日記』がおもしろくてやめられない。この人も古本の世界をよく知っていらっしゃるようだ。
 どんなかたちでも本は内容が読めればいい、と云うひとがいる。真っ当な意見で、そう云いきれるのは羨ましいのだが、私には最早そうは思えなくなってしまっている。情報としてではなく、どうしてもモノとしてそれをみてしまうのだ。それもただのモノではなく、オーラに包まれたモノだ。
 そういう目で本をみるようになると、読まないものを買ってしまうのが困る。文庫で読める詩集も、初版本でしかも詩句の一節が著者の自筆で入っていたりすると、特別な御利益があるように感じてしまうのだ。その本を部屋に置いておけば、長い時間のうちに少しずつ自筆部分を含む紙の繊維が空気中に流れ出して、それを吸い込むことで、私も詩人としてレベルアップするのではないだろうか。
 オーラを求める心は、新本よりも古本、しかも定価より安い本には反応せず、高くなっているような本にときめくことになる。そこにはモノとしての付加価値が潜んでいるからだ。(「馬鹿的思考」)
あるとき、外出中に寄った古本屋にサンリオSF文庫がずらっと並んでいた。一冊八〇〇円ということで、興奮した穂村さんは三〇冊以上買ってしまう。家へ帰って、ネットから「サンリオSF文庫全リスト(入手難易度付き)」をプリントアウトする。この時点で相当な腕前の持ち主であることがわかる(笑)。
 本日の獲物のなかにどれくらいレアなものが混ざっているかを確認して、どきどきしたり、うっとりしたりする。本読みとして明らかに邪道、しかし至福のときだ。
 これもこれもこれも買えたぞ。待てよ、ここまでくれば、その気になれば全冊収集可能じゃないか、などと思考が暴走しはじめる。この段階では完全に集めることが目的化してしまうのだ。「全リスト」によって対象の全体像がみえたことで、その欲望に拍車がかかる。(同上)
「集めることが目的化してしまう」というところで私もうんうんとうなずいた。そうやって今日もまたいろいろと買ってきてしまった。

<一〇五円単行本>
・庄野潤三 『子供の盗賊 自選随筆集』 (牧羊社)
・八木義徳 『文章教室』 (作品社)
・野見山暁治 『一本の線』 (朝日新聞社)
・吉田秀和 『人生を深く愉しむために』 (海竜社)
・E・エティンガー 『アーレントとハイデガー』 (みすず書房)
・小林信彦 『コラムにご用心』 (筑摩書房)
・小林信彦 『コラムは誘う』 (新潮社)
・西川正身 『アメリカ文学研究余滴』 (研究社)

私にしては上出来です。

<一〇五円文庫本>
・アラン・シリトー 『ノッティンガム物語』 (集英社文庫)
・アラン・シリトー 『ウィリアム・ポスターズの死』 (同上)
・小林信彦 『東京少年』 (新潮文庫)
・谷内六郎 『谷内六郎展覧会〈秋〉』 (同上)
・江藤淳 『荷風散策 -紅茶のあとさき-』 (同上)
・芥川龍之介 『蜘蛛の糸・杜子春』 (同上)
・内田百閒 『クルやお前か』 (旺文社文庫)
・高島俊男 『お言葉ですが・・・⑦ 漢字語源の筋ちがい』 (文春文庫)
・宮本輝編 『魂がふるえるとき 心に残る物語-日本文学秀作選』 (同上)
・森博嗣 『すべてがFになる』 (講談社文庫)
・野坂昭如 『色即回帰』 (同上)

シリトーの集英社文庫はネット書店では普通に売っているようだが、リアル古本屋ではなかなかお目にかかれないのではないか。谷内六郎はみなさん結構普通に拾っているようですが、私は初めてお目にかかれた。うれしい。芥川のはなんてことはない文庫だが、これは例のカバーがキラキラしたカラフルなやつ。「限定SPECIALカバー」というらしい。全部で一〇冊出た。ひそかに集めている。
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by anglophile | 2010-03-22 22:47 | 古本県外遠征 | Comments(0)


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