2010年 02月 23日
『マルコムX自伝』
c0213681_123573.jpg

ブックオフで『マルコムX自伝』(河出書房新社、一九九三年)を一〇五円で拾ってきた。前の持ち主は、名古屋大学の学生だったらしく、一九九三年三月四日付けの生協のレシートが挟まっていた。偶然か、ちょうど同じ頃、私はこの本をペンギン・ブックスのペーパーバックで読んでいた。そのしばらく前に、ピーター・バラカンが司会を務めていた「CBSドキュメント」で、氏がこの本を紹介していて興味を持ったのだった。でも結局最後まで読めなかったように記憶している。半分くらいで、興味はちがう本に行ったのではなかったか。ちなみに、スパイク・リーの映画もちょうどこの頃封切られていたはずだ。

半分しか読めなかったものの、印象に残っている部分がある。マルコムXは二一歳の時(一九四六年)に強盗事件を起こして刑務所に入った。そこで彼は「読書」に目覚めるのである。そのときのエピソードが本好きの琴線に触れるのだ。
 ノーフォーク犯罪者コロニーの図書館には目立った特色があった。パークハーストという名前のさる富豪が、その蔵書をこの刑務所に遺贈していたのである。おそらく囚人の更正ということに関心のある人だったのだろう。とくによく集めてあったのは、歴史と宗教関係だった。何千冊にものぼる彼の蔵書が書架にならんでいて、図書館の奥まったところには、書架にのせる余裕がないために、書物のつまった箱や木枠が置いてあった。ノーフォークでは、私たちは許可をうけて実際に図書館の中に入ってゆくことができ---書架の前を行きつ戻りつしながら本を取り出すことができた。何百冊もの古い書籍があった。おそらくあるものはたいへんな稀覯書だったのだろう。私はあてもなしに読んでいたが、そのうちに、一定の目的をもって選択的に読書することを覚えた。(二一〇頁)
それまで「文字を読む」という行為とかけ離れた生活を送っていたマルコムXは刑務所で読書に開眼する。最初はもちろんまったく本を読むことができない。中国語を読んでいるようなものだったと言っている。まずは言葉を覚えるところから始まった。
 もっとも大切なことは辞書を持つことだとわかった。言葉を調べ、学ぶのだ。幸運にも、文字の書き方もなおさなければならないと気づいた。悲しいことだ。まっすぐの線も引けなかった。この二つがわかったので、私はノーフォーク犯罪者コロニー学校から、辞書とともにノートと鉛筆をもらう気になったのだ。
 辞書のページをもたもたと繰るだけで二日も費やした。こんなに多くの言葉があることも知らなかった。いったいどの言葉を学んでいいかわからなかった。そしてついにある行動を起こした。書き写しはじめたのだ。
 確か一日かかったと思う。それからノートに書いたものを全部、声に出して一人で読んだ。繰り返し繰り返し、一人で自分の文字を読みあげた。
 翌朝起きるとその言葉を思い返した。一度にこんなにたくさん書けたことだけでなく、この世にあることさえ知らなかった言葉を書いたことで、大きな自信がついた。さらにもう少し努力してその意味を覚えることができた。覚えられなかった意味は復習した。おかしなことに、いまでも辞書の最初のページの「アフリカツチブタ」ということばを思い出す。(中略)
 すっかり夢中になって、さらに先へすすんだ---その次のページも書き写したのだ。そして、前のページを勉強したときと同じ体験をした。その次も、またその次のページからも、歴史上の人びとや場所や出来事を学んだ。実際、この辞書は小型の百科事典のようなものだ。とうとうこの辞書のAの項でノートが全部埋まってしまい、次にBにとりかかった。こうして最後には、辞書全部を写しとることになったのだ。この作業はひじょうに早くすすんだので、練習を積んで手書きのスピードが早くなった。ノートに書いたことと手紙をふくめると、残りの刑務所暮らしで百万語は書き写したと思う。(二二六~七頁)
語学習得のお手本になりそうな勉強法である。例えば、高校の英語の教科書には、よくキング牧師の話が扱われているが、一方でマルコムXのこういう逸話を取り上げる教科書があってもいいのではないかと思ったりする。(でも、やっぱり検定に通らないか)ここからマルコムXはようやく「本を読む」段階に入っていく。
 必然的に語彙の幅が広がり、はじめて本をとりあげて読みはじめることができ、そして、その本がなにをいおうとしているのかわかるようになった。よく本を読む人はみな、開かれた新しい世界を想像できるのだ。そのときから出所するまで、自分の自由時間はいつも図書館で、でなければ寝床で読書していたといってもいいだろう。どんなに妨害されても私から本をとりあげることはできなかっただろう。(中略)
 図書館内よりも自分の部屋で読むほうが多かった。いったん読書家だとわかると、囚人は、貸出し制限数より多く借りることができた。私は自分の部屋で、完全な孤独のなかで読むのが好きだった。
 しだいに本にのめりこんでいき、毎晩十時ごろの“消灯”に腹がたったものだ。いつも、最高潮のところでその時間がきたからだ。
 幸いにも、部屋のドアの外には廊下の明かりがあり、部屋の中にさしこんでいた。その明かりがあれば充分で、もう目がそれに慣れていた。そこで消灯になると、その明かりの下で読みつづけられるように床に座ったものだ。
 一時間おきに夜警が各部屋を見まわった。足音が近づくのが聞こえると、いつもベッドに飛びこみ、寝ているふりをした。夜警が行きすぎるとベッドから明かりのあたる床の部分に戻り、また夜警が近づくまでの五十八分間、読書をつづけた。それを三時か四時までつづけた。一晩三時間か四時間の睡眠で充分だった。ならず者のころは、それ以下の睡眠時間のことがよくあった。(二二七~八頁)
ちなみに、マルコムXが読んでいたのは主に歴史や宗教の本だったようだ。唯一読んだ小説として『アンクル・トムの部屋』を挙げている。いずれにしろ、これだけ読書に集中できる環境にいたというのはある意味幸せなことであったろう。こういう話を読むと、沸々と読書欲が涌いてくるというものだ。

ちなみに、上の文章を読みながら、私は永山則夫の『文章学ノート』を思い出したりもしたのだった。
[PR]

by anglophile | 2010-02-23 00:14 | 読書 | Comments(0)


<< 包むということ      『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』 >>