2009年 12月 23日
石牟礼道子と野呂邦暢
・小島信夫 『女流』 (集英社文庫)
・嵐山光三郎 『文士温泉放蕩録』 (ランダムハウス講談社文庫)
・山本夏彦 『世は〆切』 (文春文庫)
・林京子 『祭りの場/ギヤマンビードロ』 (講談社文芸文庫)
・大原富枝 『息にわがする』 (朝日文芸文庫)
・楳図かずお 『へび少女 ~楳図かずお恐怖劇場~』 (角川ホラー文庫)
・松下竜一 『そっと生きていたい』 (筑摩書房)
・石牟礼道子 『葛のしとね』 (朝日新聞社)
家に帰って『葛のしとね』を開くと、著者の献呈署名があった。さらに、裏見返しには熊本の住所と電話番号までが書かれてありびっくりした。
この本の中に、「野呂邦暢さんへ」と題する文章が収められている。初出一覧からすると、野呂が一九七四年に「草のつるぎ」で芥川賞を受けたあとに、読売新聞に二回に分けて掲載された文章のようだ。後半部分に「お便り拝読いたしました」という言葉があるので、もしかしたら野呂との往復書簡だったのかもしれない。「草のつるぎ」の主人公について次のように述べている。
私の個人的体験からしましても、血縁に当るであろうこの自衛隊員の群像、その前身も後の生涯も、けっしていわゆる大組織の労働組合の指導者とか、運動とか、いかなる意味でもけっして進歩的エリートとかに属する体質ではなく、もはや百姓でもなし漁師でもなし、中小企業のつとめ人でもせいぜい係長どまりで、そのくらいが一生の勲章だったりして、朝に生まれて夕に潰えさる変転定めなき職種の間を生きて渡り歩く、なにやらこの国を形づくっている膨大な実存、無意識層ともいえるこの国の主体者たちの原像、その幾人かが示す魂をかい間見たと思いました。「そのくらいが一生の勲章だったりして」という箇所が心にしみ入る。今のこの時代にも当て嵌まる言葉ではないだろうか。