2009年 10月 16日
『全集・現代文学の発見』
先日、某オークションで、前々からほしいと思っていた文学全集を落札した。

・『全集・現代文学の発見 全16巻・別巻1冊』(學藝書林、昭和51年)

17冊で3000円だったのがうれしい。品物が届いてみると、さすがに函は日やけしてはいるものの、中の本体はほぼ未読状態できれいだった。粟津潔のサイケデリック(?)な装幀のカバーもなかなかいい。

昭和42~44年にかけて刊行され、今回私が入手したのは昭和51年に「愛蔵版」として再発売されたものである。さらに調べてみると、平成16年に「新装版」としてさらに再発売されている。この「新装版」の装幀は、「愛蔵版」のものとまったく違うものになっているが、内容はまったく同じなようだ。また、責任編集は、大岡昇平、平野謙、佐々木基一、埴谷雄高、花田清輝の5人である。

『現代文学の発見』という全集のタイトル自体が非常に興味深いが、それぞれの巻にもタイトルが付けられている。

①最初の衝撃   ②方法の実験   ③革命と転向   ④政治と文学
⑤日常のなかの危機   ⑥黒いユーモア   ⑦存在の探求(上)
⑧存在の探求(下)   ⑨性の追求   ⑩証言としての文学
⑪日本的なるものをめぐって   ⑫歴史への視点   ⑬言語空間の探検
⑭青春の屈折(上)   ⑮青春の屈折(下)   ⑯物語の饗宴  
別巻・孤独のたたかい

当時の世相も少なからずこれらのタイトルのいくつかに反映させられているように思える。

もう1つ興味深い特徴がある。例えば、第13巻の「言語空間の探検」(これは詩・短歌・俳句のアンソロジー)には51人の詩人・歌人・俳人の代表作が収められているのだが、各詩人のプロフィールのいくつかが詩人自身の手で書かれていたりする。プロフィールだけなら特筆することはないのだが、さらにそのいくつかには自身の文学観のようなものが綴られているのがおもしろい。印象的なものをいくつか挙げてみる。

・『詩』とは詩人という無用な人間が、無用なことをライスカレーのごとく魅力的に書いたものである。(北園克衛)
・文学としての詩的業蹟の甚だしく薄いのは遙かな抱負と才の欠除とを同時に示すとみずから思い、すべては未完と不可能を出ぬことを身上とする。(瀧口修造)
・詩的冗談こそ詩が描く王宮である。(藤富保男)

なかなかおもしろい編集のしかただと思う。

(追記)
この全集に関する面白い記事があるのを忘れていた。興味のある方はぜひこちらもどうぞ。
石田 友三 「二つのアンソロジー」
[PR]

by anglophile | 2009-10-16 18:02 | 古本 | Comments(0)


<< 宮沢賢治から未来少年コナンへ         古本ソムリエとの出会い    >>